第254話 海の向こうからの親書
ポルフィラが銀の竜の死を話すと、庭の食卓は静かになった。
「旅に出て一年後、お祖母様を宮殿へ連れ帰って、そのまま死んでしまったんだって。脇腹には、大きな弩の矢が刺さっていたの」
リゼリアが眉を寄せた。
「お祖母様は、どうして旅に出たの?」
「竜と繋がって、年を取らなくなっていたから。子供たちが自分より年上に見えるようになるのが、つらかったんだって」
レオンハルトが杯を置いた。
アドリアンも、ポルフィラへ顔を向ける。
「……それなら、あなたも?」
リゼリアが尋ねた。
ポルフィラはうなずいた。
「うん。私も、オブシディオンと繋がっている間は、年を取らないの」
三人は黙りこんだ。
やがて、レオンハルトが口を開いた。
「…私たちは天馬と繋がっても、普通に歳を取る。君も同じだと思っていたよ」
帰ってきた彼女と国の変化を喜び、これからのことも話していた。
その先には、自分だけが老いていく年月がある。
思いもしなかった未来に、彼は次の言葉を失った。
リゼリアは、ポルフィラの手を取った。
「……知らなかったわ」
いつか自分たちがいなくなったあとも、彼女は生き続ける。
皇帝の祖母が家族のそばを離れた理由が、急に身近な痛みになった。
握った手を、すぐには離せなかった。
アドリアンは、彼女を見つめていた。
頭が真っ白になり、何も考えられなかった。
声を掛けようとしても、言葉すら見つからなかった。
すでに不老のことを知る両親と五人の友達は、黙って三人を見守っていた。
ミレアが娘の肩へ手を置く。
ポルフィラは、その手に触れた。
「だから、お祖母様の竜の話は悲しかった。家族と離れる決心をして、これからも一緒に生きていくはずだったのに」
アドリアンは、娘の肩に置かれたミレアの手を見た。
ドランとミレア、実父と叔母。
彼らがこの世を去り、友達もいなくなったあと、ポルフィラは何のために帰ってくるのだろう…?
家族を見送ったら、オブシディオンと旅立ち、二度とここへは戻らない。
彼女は、もうそう決めているのではないか……?
そう言いかけて、口を閉じた。
今、その話をするのは相応しくない。
竜を失った祖母は、正気に戻らず、何が起きたのか語れなかったという。
アドリアンは、そっと息を吐いた。
「……君たちには、無事でいてほしい」
「うん。私も、オブシディオンを失いたくない」
*
そのあともポルフィラは旅の続きを話し、最後に、帰り道で描いた島々の絵を広げた。
「こうして、一つずつ描き足してきたの」
帳面を閉じると、ドランが大きく息を吐いた。
「よく帰ってきたなあ」
その目が、娘の左腕の傷痕へ向く。
「皇女様を助けられて、よかった。だが、おまえまで帰ってこなかったらと思うと、父さんは怖い」
ポルフィラは父を見た。
「……心配かけたね」
ドランの大きな掌が、娘の頭を撫でた。
「今、ここにいるからな。よかったんだ」
ミレアも、隣から微笑んだ。
「向こうでも、あなたを大切にしてくださる方たちがいて、安心したわ。毎晩、一緒にご飯を食べていたのね」
「うん。家族みたいだった。オブシディオンのことも、皆、大好きでね」
ポルフィラの顔がほころんだ。
「あの国に行けて、よかったよ」
アドリアンが尋ねた。
「……それでも、竜を射た国を探すんだね」
「うん。どこにあるのか知らなかったら、私たちも、ほかの竜も危ないでしょう」
彼はうなずいた。
「この国の古い記録にも、手がかりがないか調べてみるよ」
「ありがとう」
*
ポルフィラは旅の袋から、布で包んだ文箱を取り出した。
「リャン陛下から、レオンハルトに預かってきたの。私たちの国と、国交を結びたいって」
レオンハルトは姿勢を正し、両手で受け取った。
封を確かめて書状を開いたが、数行で目を止める。
「見覚えのある文字もあるが、正しく読むのは難しいな」
「形や使い方が違う文字もあるからね。私も向こうで教わったの。この親書は、渡すときに困らないように、出発前に意味を確かめてきたよ」
「では、聞かせてくれるかな」
ポルフィラは一文ずつ、皆に分かる言葉で内容を伝えた。
リャンは二人を迎えられた喜びと、火災で人々を救ってくれた感謝を述べていた。
そして、互いの国を知り、友好を結びたい。
海を渡る道が見つかれば、正式な使節を送りたいと願っていた。
最後まで聞いたレオンハルトは、書状を丁寧に折り直した。
「返事を書こう。私も、この皇帝と話をしてみたい」
ポルフィラの顔が明るくなった。
「きっと喜ぶよ。次に行くとき、届けるね」
「頼む。返書に向こうの言葉を書き添えるときも、手伝ってほしい」
「うん。もちろん」
彼女は、島々を描いた帳面も差し出した。
「これも、船で行く道を探す手がかりになればと思って」
レオンハルトは頁をめくった。
島の形と、たどった順番、目印になる岩が書かれている。
「写させてもらおう。こちらでも、航海の記録を調べてみるよ」
「ユエンも、向こうで調べてくれているはずだよ」
ポルフィラは嬉しそうに答えた。
その親しげな呼び方に、アドリアンは少し目を伏せた。
レオンハルトが帳面を閉じた。
「いつか、私たちも訪ねられるといいね」
「そのときは案内するよ。皆に会ってほしいな」
彼女の笑顔に、レオンハルトもうなずいた。
*
親書を護衛へ預けると、レオンハルトは椅子へ座り直した。
ミレアが皆の杯へ温かい飲み物を注ぎ、ドランは娘の隣へ椅子を寄せる。
リナが、ポルフィラの肩へ軽くもたれた。
「今度は、しばらく家にいるんでしょう?」
「うん。まだ、皆の話も聞きたいもの」
トーマとセラが顔を見合わせ、シオンとガルも笑った。
ポルフィラは杯を受け取り、母へ礼を言った。
話すことは、まだたくさんある。
けれど今夜は、久しぶりに皆と同じ庭に座っていられることが嬉しかった。




