第244話 同じ食卓につく人たち
翌朝、ルイは一行を庭まで見送った。
宮殿からの知らせを受け取れるよう手配し、次に訪ねる先も確かめてある。
リャンは礼を述べた。
「急に押しかけて、世話になった」
「皆様があれほどお楽しみになるお姿を拝見できて、私も嬉しゅうございました」
ルイは微笑んだ。
ポルフィラも頭を下げてから、オブシディオンの前脚へ手を置いた。
昨日より少し慣れた一家を背へ迎え、皆でシェンラへ向かう。
*
町の外の岩場へ降りると、ポルフィラは少し懐かしくなった。
仕事のあと、毎日のように歩いた道だった。
〈ここで、待っていてくれる?〉
〈ああ〉
リャンが岩場と林を見回した。
「町で働いていた間は、ここで休んでおられたのか?」
「はい。仕事が終わると、会いに来ていました」
四人はポルフィラについて歩いた。
林を抜け、町へ向かう荷車と同じ道へ出る。
ユエンが後ろから来る車に気づき、妹を端へ寄せた。
宮殿て歩いているときのように、人々が道を空けることはない。
リャンは自分から脇へ下がり、荷を運ぶ男と会釈を交わした。
通りへ入ると、ポルフィラへ声がかかった。
「戻ってきたのか。もう出たと聞いたけど」
「今日は、お世話になった人たちを連れてきたの」
男は一家が誰とは気づかず笑いかけ、また仕事へ戻った。
リャンが、ポルフィラの隣で小さく笑う。
「よい町で働いていたのだね」
*
タオは倉庫の前で、届いた荷を数えていた。
ポルフィラを見つけると、手の板を下ろした。
「元気そうだね。王都はどうだった?」
「とてもよくしていただいています。今日は、その……」
言いかけるうちに、タオの目が後ろの四人へ動いた。
リャンの顔を見て、眉を寄せる。
何か思い当たったように、ゆっくりと手元の板を脇へ置いた。
「こちらが、皇帝陛下と、ご家族です」
ポルフィラが紹介した。
倉庫の中で、籠の落ちる音がした。
タオは一度、目を閉じ、もう一度リャンを見た。
「…へい……か…?」
リャンは穏やかにうなずいた。
「突然訪ねて、驚かせてしまった。ポルフィラが世話になった店を、ぜひ見せてもらいたくてね」
タオが慌てて膝を折ろうとしたので、皇帝は手を伸ばした。
「どうかそのままで。私たちが来たせいで、仕事が止まっては申し訳ない…」
倉庫の男が落とした籠を拾い、別の者はこちらを見てから、何も持たずに店の奥へ走った。
ポルフィラはタオの顔を見た。
「ごめんなさい。先に、お知らせすればよかったですね」
タオは声を落とした。
「知らせをもらっていても、信じたかどうか……」
ユエンが口元を緩めた。
「父も昨夜、ウェン様を同じように驚かせていました…」
*
皆が落ち着くまでに、少し時間がかかった。
やがてタオは、ポルフィラが働いていた倉庫へ一行を案内した。
リャンは、部屋の端から端まで棚を見渡した。
「これを、店や得意先へ運んでいたのか」
「はい。初めは運ぶだけでしたけど、そのあと倉を任せてもらいました」
「よく覚えてくれました」
タオがようやく、いつもの声で言った。
「知らない事はそのままにせず、必ず聞きに来ていましたから」
ポルフィラは少し照れた。
ユエンが、荷札を一枚見ている。
「私たちのところへ届く前に、こうして何人もの手を通るのですね」
タオはうなずき、出荷を待つ荷の置き場所を示した。
雨の日は品を濡らさないよう、通りの荷車まで覆いを渡すこと。
道が混む時間には、何度も往復しなければならないこと。
リャンは聞きながら、戸口と外の道を見た。
「町の荷車が集まる所も、一度見ておきたいな」
タオの話に最後まで興味を示していた。
皇后も、包みを縫い直していた女へ、手を止めさせない位置から声をかけている。
ポルフィラは、この仕事場に一家がいるのを、不思議な気持ちで眺めていた。
帰り際、預けた土産も確かめた。
タオは棚を指し、傷まぬよう時々様子を見ていると教えてくれた。
「まだ、お預けしていてもいいですか」
「構わないよ。帰りに、また顔を見せなさい」
ポルフィラは笑ってうなずいた。
*
海が近づくにつれ、リャンは身を乗り出した。
シェンリュカが漁船を見つけ、皇后へ知らせる。
眼下の浜で、働いていた人たちが竜へ手を振っていた。
レンもいた。
メイが家の方から出てきて、顔を上げる。
いつもの場所へ降りると、レンが笑って近づいてきた。
「今度は大人数だな!」
ポルフィラは背から下り、レンへ駆け寄った。
「…驚かないで、聞いてね…」
「……何だよ?」
紹介されたレンの笑顔が、固まった。
メイも、下りてくる四人を見たまま動かない。
ガンが杖をついて来た。
話を聞くと、レンより先に頭を下げたが、声は少しかすれていた。
「このような村へ、よく……」
「ポルフィラを育ててくれた村だと聞いている。私たちも、見せてもらいたかった」
リャンが答えた。
ポルフィラはレンとメイの方へ手を向けた。
「私が舟に乗れるようになったのは、この二人のおかげです」
リャンは二人へ向き直った。
「話は聞いている。今朝も背へ乗るところを見たが、実に見事だった。よい先生に出会ったのだね」
レンは口を開き、閉じた。
隣でメイが肘をつついた。
「いや……その、毎日やっていたら、こうなっただけで…」
ようやく出た返事に、ポルフィラは笑った。
自分も最初、レンから同じように言われたのだった。
*
その日は、浜の仕事を見せてもらった。
網を広げる場所へ行き、戻ってきた船から魚を運ぶところも見た。
ユエンが、空の籠へ手を伸ばした。
「これは、あちらへ運べばよいのですか?」
レンが慌てて首を振った。
「いえ、そんなことは」
「私にも、少し教えてください。宮殿の池で舟に乗る前に」
ユエンはポルフィラへ笑いかけた。
彼女が空の籠を持ち上げると、ユエンも同じように持った。
二人で歩き出す。
そのあとを見ていたリャンまで袖をまとめ始めたので、ガンがまた慌てた。
「陛下まで、どうか……」
「重いものは、任せておこう。邪魔にならぬ仕事なら、教えてほしい」
リャンは笑った。
シェンリュカはメイの隣へ座り、網の結び目を見せてもらった。
皇后も加わり、慣れない指で紐をくぐらせる。
メイは初めこそ緊張していたが、二人の手元が絡まると、つい普段の声になった。
「そっちじゃなくて、ここへ通すんです」
「あら。本当に、違うところを結んでしまったわ」
皇后が笑った。
その声を聞いて、周りにいた人たちも笑った。
*
夜は、村で泊まることになった。
ガンの家とレンたちの家で場所を整え、食事は皆で外へ卓を出した。
並んだのは、その日に揚がった魚と、いつも村で食べているものだった。
メイが、申し訳なさそうに皇后へ言った。
「宮殿のようなものは、ご用意できませんが」
「これをいただきに来たのですもの」
皇后は答えた。
リャンも、焼いた魚へ箸を伸ばした。
話しながら食べるうち、ガンの肩からも少しずつ力が抜けていった。
朝はいつ出るのか。
荒れた海では何日休むのか。
船を直す木はどこから運ぶのか。
リャンの問いに、村人が一人ずつ答えた。
タオの店まで魚を運ぶ道の話になると、ユエンが顔を上げる。
「今日、私たちもあの店へ伺いました。あそこの品が、こうして皆さんのところから来るのですね」
レンがうなずいた。
「うちは、ずっとあそこへ持っていっています」
宮殿の食卓まで届く間に、どれほどの手が働くのか。
リャンは皿へ目を落とし、それから目の前の人たちを見た。
「宮殿へ届く話では、魚も木も、ただの数になる。だが、ここでは一つ一つに、作った者、運んだ者の顔があるのだな」
ガンは少し考え、うなずいた。
「わしらには、毎日の暮らしでございます」
リャンは、その言葉をゆっくり繰り返した。
「毎日の暮らしか…」
昼間、船底の修繕をしていた男が浮かんだ。
倉庫を行き来する人や、網を繕うメイの指も。
国の流通の仕組みは、知っているつもりだった。
だが自分の目で確かめるものとは、まるで違った。
皇后が、卓の下で彼の手へ触れた。
ユエンも父を見た。
「今日見せていただいたことを、帰ってからも忘れません」
リャンはうなずいた。
「ああ。忘れてはならぬ」
その声を、ポルフィラは隣で聞いていた。
人々の暮らしを、知ろうとしてくれる人たちがいることが、嬉しかった。
*
食事のあと、シェンリュカがポルフィラのそばへ来た。
「今日、網の結び方を一つ覚えたわ」
「明日も覚えているかな?」
「忘れたら、またメイに聞く。あなたも、そうしたのでしょう?」
ポルフィラは笑った。
「うん。何度も」
二人は浜へ目を向けた。
オブシディオンは少し離れた砂地で休んでいる。
月明かりが背の鱗へ淡く落ちていた。
〈みんな、楽しそうだったよ〉
ポルフィラは伝えた。
〈お前もな〉
彼女はうなずいた。
浜の向こうから、リャンの笑い声が聞こえた。
レンが何かを話し、ガンまで声を立てて笑っていた。
ポルフィラも、その輪へ戻っていった。




