第232話 初めての給金
町へ魚を売りに行くと聞いて、ポルフィラは自分も行きたいと言った。
レンが荷車へ籠を積みながら振り返る。
「シェンラまで? 朝早いぞ」
「いつも一緒に起きてるじゃない」
「それもそうか」
レンは笑い、空いている場所を指した。
「じゃあ、そこの籠を頼む」
出発前にオブシディオンへ行き先を伝えた。
彼は海へ出るつもりだと言い、ポルフィラを送り出した。
*
海から離れるにつれ、道の両側に畑が増えた。
家々の間隔が狭まり、荷車とすれ違うことも多くなる。
やがて、人と店が途切れず並ぶ通りへ入った。
ポルフィラは歩きながら、左右へ目を向けた。
軒先に吊るされた布が、風に膨らんでいる。
青、赤、黄色。村で着ている仕事着より鮮やかな色が多い。店の奥には、長い裾や、襟に刺繍のある服も見えた。
メイがポルフィラの袖を引いた。
「立ち止まると、後ろがつかえるよ」
「ごめん。きれいで」
通りを抜けた先で、レンが荷車を止めた。
店の横に大きな倉庫があり、開いた戸口から人が出入りしている。
魚を置く場所を教えられると、ポルフィラも籠を抱えて運んだ。
床へ下ろし、蓋を外す。
その間にメイが店の者と数を確かめ、レンは次の籠を取っていた。
「その子は、初めて見るな」
倉庫から出てきた男に、レンが顔を上げた。
「うちに泊まってるんだ。ポルフィラ。こっちはタオさん。この店の主人だよ」
タオは茶色の髪に白いものが交じる、がっしりした男だった。
ポルフィラが挨拶すると、短くうなずいた。
「よく動くね。船にも出るのかい」
「はい。二人に教わっています」
タオは空いた籠を重ねるポルフィラを見てから、メイと魚の値段の話を始めた。
*
帰りの買い物の間、ポルフィラは小さな店の前で足を止めた。
木の櫛や髪飾り、色糸の房がついた小袋が並んでいる。
故郷で待つ人たちの顔が浮かんだ。
この国のものを、何か持って帰りたい。
店の人に声をかけられ、ポルフィラは慌てて首を振った。
見ていただけだ。
自分には買うお金がない。
少し先で待っていたメイが尋ねた。
「欲しいものがあった?」
「みんなに持って帰りたいなと思って。でも、まだ買えないから」
レンが隣に並んだ。
「それなら、タオさんのところで働いてみるか? さっき、人手が欲しいって言ってたんだ」
ポルフィラは店のある方を振り返った。
「私にもできるかな」
「話を聞いてから決めればいいよ」
メイが言った。
*
タオは荷の受け取り帳を閉じ、三人の話を聞いた。
仕事は、届いた品を倉庫へ運び、仕分けし、店へ出すこと。
町の得意先へ、荷車で届けることもあるという。
「重いものは二人で運ぶ。急いで品を壊される方が困るからね」
タオは倉庫の奥を指した。
「寝る部屋は店の裏にある。食事も出す。その分も含めて、給金はこれだけだ」
示された額を、ポルフィラはまだ高いとも安いとも判断できなかった。
メイが支払う間隔や休みを尋ね、レンも一緒に聞いてくれた。
話が終わると、ポルフィラはタオへ向き直った。
「働かせてください。町のことは、まだ分からないことが多いけど、覚えます」
「なら、明後日から来られるかい」
返事をしかけ、ポルフィラは一度考えた。
「明日、確かめたいことがあります。それが済んだら、お返事してもいいですか」
タオは理由を問い詰めず、うなずいた。
「構わないよ」
*
翌朝、ポルフィラはオブシディオンの背に乗り、シェンラへ向かった。
町の上へは入らず、外側を回る。
畑や道のない場所を探して高度を下げると、林の向こうに岩の露出した土地が見えた。
〈あそこは?〉
オブシディオンはひと巡りしてから降りた。
背の低い木々に囲まれ、町の家並みは見えない。
折り畳んだ翼を広げ直しても、枝には届かなかった。
彼は足元を確かめ、岩の上へ体を伏せた。
〈ここなら休める〉
ポルフィラは背を下りた。
少し歩くと、林の外に町へ続く道が見つかった。
仕事が終わってからでも会いに来られそうだった。
〈町で働いてみたいの。旅のお金と、みんなへのお土産を買うお金をためたい〉
〈ああ〉
〈村でも長くいたのに、またしばらく……いい?〉
オブシディオンは山の方へ首を向けた。
〈私も、この島を見て回る。腹が減れば海へ出ればいい〉
ポルフィラは鱗へ手を置いた。
〈じゃあ、夕方はここへ来るね〉
〈いなければ、遅くまで待つな〉
*
村を出る朝、荷物は来たときより少し増えていた。
メイにもらった仕事着と、包んでもらった食べ物。
ガンも顔を出し、またいつでも来なさいと言ってくれた。
レンは荷物の紐を確かめながら言った。
「竜が飛んでいても、みんな顔を上げるくらいだ。でも、あいつを近くで見たら、話は別だからな」
レンは紐から手を離し、声を落とした。
「親父から、領主様の噂は聞いただろ? 町で珍しいものを見つけると、屋敷へ持ってこさせるって。俺たちが魚を売りに行ったときにも、そういう話は聞く」
メイの口元からも笑みが消えた。
「本当かどうか確かめられなくても、気にはなるよ。村のみんなも、領主様のところの人には余計な話をしないようにしてる」
メイはポルフィラの顔を見た。
「だから、自分から竜のことを話さなくていい。聞かれても、休んでいる場所まで教えなくていいからね」
「うん。分かった」
「タオさんは、うちと長い付き合いだ。困ったら話せばいい。それでも困ったら、帰ってこい」
レンがいつもの顔で笑った。
ポルフィラは二人へ頭を下げた。
「今度は、何か持って帰るね」
「顔を見せればいいよ」
メイはそう言って、少し曲がっていた襟を直してくれた。
*
商家の仕事では、船とは違う疲れ方をした。
一日中歩いたあとで、また倉庫へ戻る。
品物によって持ち方も、積み重ねる順番も違った。
タオは分からないことを聞けば答えてくれた。
失敗したときも、何を間違えたのか確かめてから、やり直させた。
仕事を終えると、ポルフィラは町の外へ向かった。
林を抜けた先で黒い背を見つけると、その日の出来事を話した。
オブシディオンがいない日は、岩の上に腰を下ろして少し休み、暗くなる前に店へ戻った。
初めて給金を受け取った日、タオは銭を数えてポルフィラの前へ置いた。
「自分でも確かめなさい」
ポルフィラは一枚ずつ数えた。
働いた日数と、約束した額を照らし合わせる。
間違いはなかった。
袋へ収めると、小さな重みが手のひらへ落ちた。
「ありがとうございます」
タオは次の帳面を開いた。
「働いた分だよ。明日も頼むね」
店を出たポルフィラは、袋を握り直した。
帰りに、あの店へ寄ってみようと思った。




