第24話 髪の色
ミレアは縫いかけの布を膝に置いた。
「ええ。小さいころも、この色だったわ」
ポルフィラは、自分の髪を指に巻いた。母に結んでもらった朝には気にならなかったのに、今はその黒さが目についた。
「母さんの家には、黒い髪の人はいなかった?」
ミレアは娘の指先を見てから答えた。
「私が覚えている人には、いなかったわ」
ポルフィラは少し黙った。母が問い返すのを待たず、昼間会った母娘のことを話した。二人は髪の色が同じで、笑った顔も似ていた。リナも、姉と似ていると言われていた。
「私、母さんにも父さんにも似てないでしょう。小さいころは、似てたのかなって思って」
ミレアの手が、布の上で止まった。ポルフィラは母の顔を見つめた。すぐに返事がないことが、気になった。
「どうして私だけ、髪が黒いの?」
母は布に針を刺して置き、娘へ向き直った。
「髪の色の理由は、母さんにも分からないの」
ポルフィラは指に巻いた髪を離した。黒い髪を嫌だと思ったことはなかった。けれど、ほかの子が親やきょうだいに似ていると分かると、自分だけ違うのが気になった。母なら、その理由も知っていると思っていた。
「父さんなら、分かるかな」
ミレアは娘の顔を見た。ドランにも、黒髪の理由は分からないだろう。だが、二人が娘に話していないことはあった。ここで一人で話し始める前に、夫と相談したかった。
「父さんが帰ったら、今日のことを話してみるわ」
ポルフィラはうなずき、開いたままの教科書へ目を戻した。少し読んでから、もう一度自分の髪を見た。村の誰にも似ていないことが、さっきより気になっていた。
*
ドランが鍛冶場の仕事を終えて戻ると、ポルフィラは食卓を拭いていた。娘に鎌の持ち主からの礼を伝えられ、彼は笑った。だが、ミレアに呼ばれて家の脇へ出ると、妻の顔を見て笑みを消した。
ミレアは戸口から離れ、声を落とした。
「私たちに似ていないのはどうしてか、気になったみたい。髪の色を尋ねられたわ」
ドランは家の方を見た。開いた戸の向こうで、娘が椀を並べている。もう、父の腕にすっぽり収まっていた子ではない。
「どう答えた?」
「理由は分からないと答えたわ。あなたなら分かるかもしれないと思っているみたい」
ミレアは夫を見上げた。
「そろそろ、あの子に話した方がいいのかしら。私たちの子供だと思ったまま、どうして似ていないのか考えているのよ」
妻の言葉に、ドランはうなずいた。いつか尋ねられるとは思っていた。村の者にも、自分たちが話すまで黙っていてほしいと頼んでいる。それでも、その日を迎えるのは怖かった。
自分たちが実の親ではないと聞けば、娘は、本当の父母を知りたがるだろう。だが、あの夜の女は名を明かさず、子の親がどこにいるのかも答えなかった。娘を連れて捜しに行くことなど、できない。天馬の民に目をつけられれば、この家で守ってやることさえ難しくなる。
ミレアが夫の袖に触れた。
「驚くでしょうね。どうして黙っていたのかと、怒るかもしれない」
ドランは、まだ何も知らずに食事の支度をしている娘を見た。
「ああ。俺にも尋ねるだろうな。そのときに、ごまかしたくない」
ミレアはうなずいた。
「私たちから話しましょう。あの子が一人で、ほかの人から聞く前に」
「今夜、話そう。分からんことは、分からんと伝える。あの子が何を聞きたいかも、ちゃんと聞こう」
ドランは妻の手に、自分の手を重ねた。
*
食事のあと、片づけを終えたポルフィラをドランが呼んだ。
「ポルフィラ、少しここに座ってくれ」
いつもなら父は道具の手入れを始め、母は縫い物を取り出す。今夜は二人とも食卓に残っていた。ミレアが隣の椅子を引くと、ポルフィラはそこへ腰を下ろした。
ドランは娘へ向き直った。
「母さんから聞いた。俺たちに似ていないのはどうしてか、気になったんだってな」
「うん。私が生まれたときから、髪は黒かったの?」
「俺たちが初めておまえを抱いたときには、黒かった」
父の返事に、ポルフィラは少し身を乗り出した。ミレアが隣にいるのを確かめ、ドランは娘の目を見た。
「ポルフィラ。おまえが赤ん坊だったころの話を、聞いてほしい」




