↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
PR
219/285

第219話 王都からの救援

ソレインが詰所の庭へ下りると、見張りの兵がポルフィラへ知らせに来た。

アドリアンが到着したという。

彼女は寝台から体を起こした。

何を言えばよいのか考えているうちに、扉が叩かれる。


「入ってもいいか」

アドリアンの声だった。


ポルフィラは、はい、と答えた。


部屋へ入った彼は、まず彼女の左腕を見た。

まだ添え木がついている。窓の外では、オブシディオンが首を伏せていた。


「弟のことを聞いて、来た」


「……はい」


アドリアンは椅子へ座った。

しばらく、どちらも口を開かなかった。


「呼び戻そうとしてくれたと、聞いた……」


「でも、止められませんでした……」

ポルフィラは右手へ目を落とした。

オブシディオンを責めることはできない。それでも、弟を失った人を前に、胸が苦しくなった。


アドリアンは窓の外を見た。

父も弟も、あの竜に焼かれた。

自分が知っている声も顔も、炎の中へ消えたのだ。

「……弟を、許したわけではない。それでも、死んだと聞いて、悲しかった」


ポルフィラは顔を上げた。


アドリアンの目は、まだ外へ向いていた。

「王子を殺せと命じたのか、私も確かめたい。あの兵に、会わせてもらえるだろうか?」


「レオノーラ様に、話してみます」


アドリアンはうなずいた。

ポルフィラは戸口の兵を呼び、レオノーラを迎えに行ってもらった。


*


レオノーラの立ち会いで、アドリアンは捕らえられた兵に会った。

かつてアウレリスの城で見た顔だった。

この男は、王子を庇った西門の副長を刺し殺している。アドリアンは、レオノーラからその経緯も聞いていた。

兵はアドリアンに気づくと、目を伏せた。

その前に椅子を置き、アドリアンは座った。

「フェリクスが死んだ」


「……聞いております」


「王子を殺せと命じたのは、弟か?」


兵の指が、膝の上で動いた。

アドリアンは待った。


「フェリクス様は、王から聞いた密命だとおっしゃいました」


レオノーラが身を乗り出した。

「あなたが、王から直接命じられたのではないのね?」


「……はい。フェリクス様に呼ばれて……。追撃隊が来て、争いになったら殿下を殺せと」

兵は言い終えると、深く俯いた。

「役目を果たせば、領地を取り戻したときに、取り立てるとも…」


アドリアンは、奥歯を噛み締めた。

『…王の命令を取り違えたんだ』

生きていたら弟は、そう弁解するのだろう…

…だが、今聞かされたのは、王の密命を口にして人を殺させ、褒美まで約束したという話だった。

フェリクスは、王子が死んだあと、自分が領地へ戻るつもりでいた。

そのために、この兵を使った。

「…追撃の混乱の中で殺せと、弟が言ったのだな?」


「……はい」


弟らしいやり方だった。

自分の手は汚さず、誰かにさせる。失敗すれば、命令した証拠を残さずに逃げる。

その結果、王子を守ろうとした西門の副長が死んだ。


腹の底から怒りが込み上げた。

何をしてくれたのだ!

王子も、同じ隊の兵たちも、おまえが領地を取り戻すためにいるのではない!

…と、フェリクスへ直接言いたかった。

言えばまた、王のためだった、自分にはほかに道がなかったと、言い逃れをしただろう。それでも、問い詰めたかった。

だが弟は、もういない……

やり場のない怒りと、悲しみで、胸が苦しかった。

「西門の兵たちは、弟の命令を知っていたのか?」


「いいえ。私だけです。隊長たちには、殿下を守りたいと言いました」


アドリアンは、立ち上がりかけて座り直した。

このまま部屋を出て、一人になりたかった。

だが、弟のしたことを聞いた兄が、何もせず去るわけにはいかなかった。

「今、話したことを記録させて下さい。私も、聞いた者として名を入れます」


レオノーラはうなずき、ヴィオレスタの家臣に書き留めるよう頼んだ。

アドリアンは一言ずつ記録されるのを待ち、内容を確かめてから自分の名を書いた。


*


その頃、王都の東門では、守備隊の交代が終わったところだった。

門の内側にある詰所で、勤務を終えた兵たちが休んでいる。

そこへ、城の近衛が来た。

近衛を率いる男が、詰所の戸口で王の書状を開いた。

「東門の隊長は、城で拘束された。部下のおまえたちも武器を預け、ここで待機せよ」


東門の兵たちが立ち上がる。


年長の兵が、前へ出た。

「うちの隊長は、王に呼ばれて城へ行ったのです。なぜ捕らえられたのですか?」


「レオンハルト様の手紙を読み、その主張に賛成したためだ。王に従う意思が疑われている」


部屋の中で、驚きの声が上がった。

王子の手紙は読んだ。

読みはしたが、それだけで、兵達は今日も王都の門を守っていた。

「私たちまで捕らえるのですか?」


「まず武器を渡せ。抵抗すれば拘束する」

城の近衛が、詰所の中へ入ってきた。


一人が、若い門兵の腰の剣を外そうとする。

若い兵は、反射的に後ずさった。

「待ってください。私は、何も――」


近衛兵がその肩をつかみ、壁へ押しつけた。

若い兵は腕を振りほどこうとしたが、押さえる力が強くなる。

「抵抗するな!」


追い詰められた若い門兵が、腰の剣を抜いた。

それを見た近衛兵も剣を抜く。

二つの刃がぶつかった。


「やめろ!」

年長の門兵が叫んだ。


だが間に合わなかった。

近衛兵の剣が、若い兵の腹へ入った。

押さえた腹から血が流れる。


「下がれ! 仲間を中へ!」

門兵たちが若い兵を引きずり、部屋の奥へ運んだ。


別の門兵が盾と剣を構え、戸口に立つ。

ほかの者も、その横へ並んだ。

城の近衛は、詰所の前の通りへいったん退いた。

互いに剣を抜いたまま、戸口を挟んで向き合う。

すぐそばには、東門を通る道がある。

荷車を引く人々が足を止め、商人たちが店の中へ逃げ込んだ。

さっきまで門を守っていた兵と、城から来た近衛が、今は互いに武器を向けている。


*


王都の東門から使者が来たのは、それから数日後だった。

館へ戻る許可が出たポルフィラたちも、ちょうど詰所を離れる支度をしていた。


使者は東門兵の一人だった。

レオンハルトへ手紙を渡し、王の近衛に武器を取り上げられかけたこと、仲間が斬られたことを話した。

「隊長は、まだ城に捕らえられています。近衛は何度も詰所へ来て、出てこなければ反逆だと言いました」


「今も、詰所に立て籠もっているのか?」

レオンハルトが尋ねると、使者は首を振った。


「その夜、詰所の裏口から、怪我をした仲間を連れて出ました。門で勤務中だった同じ部隊の兵が、私たちを外へ通してくれたのです」


「今は、門の外にいるのか?」


「はい。東門の外で、商人の倉を借りています。門には閉鎖命令が出ていますが、仲間を外へ逃がすため、まだ抵抗して門を維持している兵もいます」


レオンハルトは手紙を開いた。

東門の兵たちが、連名で助けを求めていた。

自分の手紙を読んだだけの者だ。

それで武器を奪われ、仲間を斬られた。

父は、王都に残った兵にまで、王が誰かを分からせようとしている……


レオノーラが使者へ尋ねた。

「町の人たちは、どうしていますか?」


「争いのあった通りでは、店を閉じています。怪我人を家へ入れたら、自分たちまで捕らえられるのかと……」

使者の声が詰まった。

「殿下。お力を貸してください。城へ連れていかれた者も、まだおります」


レオンハルトは、顔を上げた。

「王都へ行く」


アドリアンが、横から言った。

「私も行こう。ソレインなら、逃げる人々を追手から守れる」


「私とシルヴァも」

リゼリアの声に、レオノーラもうなずいた。


「まず私たちが先行して、東門の兵と連絡を取る必要があるわ。今のまま兵を進めれば、王都を攻めに来たと思われる」


レオンハルトは、ポルフィラへ向き直った。

「あなたとオブシディオンにも、協力をお願いしたいのです」


ポルフィラは、すぐには答えられなかった。

窓の外で、黒い首が動く。

「王都には、王の弓兵がいます……」


レオンハルトはうなずいた。


ポルフィラは、続けた。

「見つけたら、彼は殺します。私が反対してもやめないと、言っています。王都へ近づけば、助けたい人たちまで炎に巻き込むかもしれません…」


部屋が静かになった。


レオンハルトも、林を覆った黒い炎を思い出していた。

「それでも、お願いしたい。父がノクスで兵や町人を押さえつけようとしたら、止める備えが必要です」


こちらの天馬達も、人の暮らす通りで戦うことになるかもしれない。

王を止めようとして、市民を巻き込む恐れがあった。


レオンハルトは、ポルフィラを見た。

「王都の中へ入ってほしいとは言いません。まず門から離れた所で待っていただきたい。私たちが先に東門の兵と連絡を取り、弓兵を近づけないよう備えます」


「そこへ王の弓兵が来たら、同じです。私には、彼を止められません」


「はい。その危険があると承知して、頼んでいます…」


ポルフィラは窓の外へ目を戻した。

皆を助けたい気持ちはある。

だが、彼がまた人を焼こうとしても、誰にも止められない…

「オブシディオンに、聞いてみます…」


レオンハルトは、頭を下げた。

「ありがとうございます。それから、私とこの使者の兵も、乗せてもらえますか?地上からでは、王都へ着くまで何日もかかります」


使者の兵が、窓の外を見た。

黒い鱗の見える窓から、思わず一歩離れる。

レオンハルトも唇を結んだ。林を焼いた竜の背へ乗ることが怖い。それでも、今は急ぐ必要があった。


ポルフィラはうなずいた。


レオノーラが使者へ尋ねた。

「東門から十分離れていて、あの竜が下りられる場所はあるかしら?」


「東門の街道の南に、広い草地があります」


「では、そこを目指しましょう。弓兵がいないか、私たちが空から先に確かめるわ」

レオノーラはレオンハルトへ向き直った。

「護衛も、私たちの天馬に一人ずつ乗せましょう。王都へ着いてから、あなたや使者の兵だけで動くことになっては危険だわ」


アドリアンもうなずいた。

「ソレインにも一人乗せられる。騎乗できる者を選んでくれ」


「シルヴァも、一人乗せます」

リゼリアの返事を聞き、レオンハルトは護衛たちを呼んだ。


レオンハルトが選んだのは、普段から身辺の警護を任せてきた三人だった。

いずれも剣と体術に長け、人数で勝る相手から王子を逃がすための訓練を重ねている。三人は王子を守るための、互いの動きを心得ていた。


「王都へ着いたら、私のそばを固めてほしい。東門の兵と会うときも、一人では動かない」


「承知いたしました」

護衛たちは迷わず答えた。


騎乗の難しい負傷者は、ヴィオレスタの館で手当てを続けてもらうことにした。

ポルフィラは、オブシディオンへ話すために庭へ出た。

レオノーラはリュシエンヌへ知らせる使者を呼び、領主たちにも王都の事態を伝える手配をした。

捕らえたフェリクスの兵と王の追撃隊長は、ヴィオレスタ兵の護送で館へ移すことになった。


*


オブシディオンは、近づくポルフィラへ頭を下げた。

彼女は角の根元に右手を置いた。

〈王子殿下から、協力してほしいと頼まれたの。王がノクスで人を襲うのを止めたいって〉


オブシディオンの目が、彼女へ向く。


〈王都の外まで行って、私と待っていてくれる?〉


〈王の弓兵が来れば、焼く。それは変えぬ〉


〈うん。止められないことは、みんなに伝えた〉

ポルフィラは、首を上げて彼の目を見た。

〈一緒に来てくれる?〉


〈おまえが行くなら、私も行く〉


王子と東門の使者も、背に乗せてほしいと頼んだ。

紫の瞳が、後ろにいる二人へ向いた。

使者の兵が、息を詰める。


〈よい。頭を下げる。おまえの後ろに乗せよ〉


ポルフィラは振り返った。

「乗せてくれるそうです。私の後ろへ。彼が頭を低くしてくれます」


レオンハルトは、黒い首へ近づいた。

熱を含む息が頬へかかる。足が止まりそうになったが、踏みとどまった。

「私は乗せてもらう。君は来られるか?」

使者の兵へ尋ねる。


男は青ざめた顔で竜を見上げ、やがてうなずいた。

「……仲間を、助けたいです」


庭の端では、三人の護衛が、それぞれ天馬の騎手の後ろへ乗る支度をしていた。

レオノーラはヴェスペラ、リゼリアはシルヴァ、アドリアンはソレインに、護衛を一人ずつ乗せて飛ぶ。

ポルフィラとレオンハルト、東門から来た兵は、オブシディオンに乗る。

急いで王都へ向かう者は、全員、空から行けることになった。

オブシディオンが体を伏せる。

レオンハルトは、ポルフィラに教えられた角の根元へ手を伸ばした。

手袋越しに伝わる温かさに、また息が詰まる。

それでも、手を離さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。