第218話 引かない王
焼かれた一団がフェリクスの兵だったと分かったのは、翌朝だった。
行方を調べるために王都から出された近衛兵が二人、ヴィオレスタの詰所へ来た。
フェリクスが林道へ入る姿を確かめ、距離を取って後を追っていたという。
「竜が来たときも、同じ一団を見ていたのですね」
レオンハルトが尋ねると、王都の近衛兵はうなずいた。
唇が乾き、何度も舐めていた。
「はい。竜が下りてきて、道へ炎を……。フェリクス様のお姿も、その前までは見えておりました」
近衛兵たちはフェリクス隊に気づかれないよう、現場とは離れた道にある木立に身を隠し、様子を見ていたため炎を逃れた。
だが、一団の中から逃げ出せた者は見ていないという。
ヴィオレスタの見回り兵も、火の収まった道を調べに出ていた。
生き残った者はいなかった。
レオンハルトは、報告を聞き終えても、しばらく机の前から動けなかった。
あの煙の下に、フェリクスもいたのか……
自分を殺そうとした兵は、フェリクスと共に王都へ来ていた。
何を命じられたのか、まだ口を閉ざしている。
その答えを知っているかもしれない男が、もういない。
*
レオンハルトは、父へ手紙を書いた。
王の近衛兵にも、自分たちが見たことを報告してもらう。そのうえで、詰所から見た光景を自分の言葉で伝えたかった。
フェリクスの一団には王の弓兵がいた。
オブシディオンはそれを見つけ、襲った。
ポルフィラは詰所の寝台にいて、呼び戻そうとしていたが、竜は戻らなかった。
書いている間も、窓を震わせた咆哮が耳に残っていた。
王太子の地位を取り戻すための文ではない。
今度は、父をあの炎の前へ立たせたくなかった。
父上。私は、あの竜が人を焼くところを、この目で見ました。
そのあとに、続けた。
ポルフィラを従わせても、竜を従わせることはできません。
兵を増やして戦いを繰り返せば、同じ事が起きるでしょう。
ノクスが父上を守ろうとすれば、あの竜の前に立つことになります。どうか、その前に兵を止めてください。
竜の民を連れ戻して従わせるための戦いを、やめていただきたいのです。
読み直すと、最後の一行を前に筆が止まった。
父は、息子が竜に怯えたと思うだろう。
実際、怖かった。
それでも、知らなかったときの自分へ戻ることはできなかった。
レオンハルトは名を書き、手紙を封じた。
フェリクスの死は、アドリアンにも知らせなければならない。
レオノーラが報告をまとめ、アウレリスへ別の使者を出した。
*
数日後、王は近衛兵二人の報告を聞いた。
その手元には、レオンハルトの手紙があった。
「フェリクスは、死んだのか」
近衛兵の一人が、頭を下げた。
「竜の炎を受けたあと、生きていた者はおりませんでした」
王は手紙へ目を落とした。
息子の筆跡だった。
最後まで読み、もう一度、ノクスの名がある箇所へ目を戻す。
黒い竜が牙を見せた庭を思い出した。
前にでよと命じてもノクスは前へ出なかった。
あの巨体が、自分たちへ炎を吐いていたら。
王は紙を伏せた。
「竜を恐れて、私の命令を取り消せと言うのか」
近衛兵は答えなかった。
王に問われたのではないと分かっていた。
息子は、王が処刑を命じた三人を助けた。
リュシエンヌは引き渡しを拒んだ。
兵まで王都を離れ、息子のもとへ向かった。
ここで王が退けば、彼らは正しかったことになる。
王に背けば、その望みが通る。ほかの領主も兵も、そう受け取るだろう。
それでは、何のための王なのだ?
そばに控えていた王家の家臣が、慎重に声をかけた。
「陛下。いったん兵を止め、要求をお聞きになることは……」
「すでに聞いた」
王は顔を上げた。
「息子を戻せと言っても戻さぬ。罪人を渡せと言っても渡さぬ。そのうえ竜の民への扱いまで、私に変えろと求める。最後に私が折れれば、誰が王なのだ」
家臣は口を閉じた。
王は、机の手紙を引き出しへ入れた。
「門の出入りを厳しく調べろ。レオンハルトのもとへ向かおうとする兵は、拘束せよ」
「承知いたしました」
「王都に残る部隊の長を集める。私に従う意思を、一人ずつ確かめる」
家臣たちが下がると、王は一人になった。
引き出しの取っ手へ指を置いたが、開かなかった。
*
アウレリスでは、アドリアンがレオノーラからの知らせを受け取った。
使者を立たせたまま、一度読んだ。
読み終えて、また最初へ目を戻した。
フェリクスが王都を離れたこと。
従う兵に王の弓兵がいたこと。
領境近くの林道で、竜に焼かれたこと。
「ポルフィラは、そのとき乗っていたのか」
「いいえ。具合を悪くされ、詰所で休んでおられました。竜が弓兵を見つけたと知らせてきて、呼び戻そうとなさったそうです」
アドリアンは、紙を机へ置いた。
父に続いて、弟もオブシディオンの炎で死んだ。
最後にフェリクスと会ったとき、弟は、自分こそ王に認められた領主だと主張していた。
城を明け渡し、王都へ去ってからも、その考えは変わらなかった。
王子を殺そうとした兵への命令も、調べている最中だった。
疑いを晴らさず逃げた理由を、弟の口から聞くことは、もうできない。
アドリアンは使者に休むよう伝え、部屋から下がらせた。
扉が閉まると、深く息を吐いた。
弟を許していたわけではない。
戻ってきても、また領地を任せるつもりはなかった。
それでも、死んだという一行を、なかなか受け止められなかった。
父に叱られるのを嫌い、面倒になると誰かへ責任を押しつけた。
兄に向かって憎まれ口を叩き、父の前では従順に振る舞った。
その声を、自分は覚えている。
もう会えない。
怒鳴り合うことも、何をしたのか問い詰めることもできない。
アドリアンは椅子へ座り、両手で顔を覆った。
*
翌朝、アドリアンは留守の仕事を家臣へ託し、ソレインのもとへ行った。
薄灰色の天馬が、近づく彼へ首を寄せる。
アドリアンは、その額に触れた。
「ヴィオレスタへ行く」
ソレインは、彼が鞍へ上がるまで待った。
翼が開く。
城の庭が、ゆっくり下へ離れていった。
弟の死を確かめたい。
ポルフィラにも会わなければならない。
まだ、何を話せるかは分からなかった。
それでもアドリアンは、ソレインとともに領境の詰所へ向かった。




