第216話 二つの命令
詰所へ来たヴィオレスタの医師が、ポルフィラの治療後の体を確認した。
「今日は、ここで休んでください。館へ戻るのは明日にしましょう」
ポルフィラはうなずいた。
庭では、オブシディオンが窓のそばへ首を伏せている。
隣の部屋から、男の声が聞こえた。
捕らえられた王の追撃隊の指揮官が、リゼリアたちへ事情を話していた。
*
指揮官の頬には、白い布が当てられていた。
両手は机の上に置かれている。背後には、見張りのヴィオレスタ兵が二人いた。
向かいに座るのはレオンハルトとレオノーラ。
西門の小隊長も、入口のそばに立っていた。
レオノーラが尋ねた。
「あなたが王から受けた命令を、もう一度話してください」
「王都を離れた兵を捕らえろと。それから、殿下が迎えに出てきたら、城へ連れ戻せと命じられました」
「殺すことも、認められていましたか」
「いいえ。生きたまま連れてこいと、王がおっしゃいました。私も、その場で繰り返して確認しております」
レオンハルトは、指揮官を見た。
父は自分を捕らえようとしている。それは分かっていた。
だが、この男が止めなければ、自分は殺されていたかもしれない。
「私を斬ろうとした兵は、王の密命だと言ったそうですね」
「はい。ですので、止めました。私が受けた命令と違います」
入口で、小隊長が拳を握った。
「なら、あいつは嘘をついたのか」
レオノーラは首を振った。
「まだ分かりません。本人が嘘をついたのか、誰かから違う命令を受けたのか、確かめる必要があります」
小隊長は口を閉じた。
床を見下ろし、しばらくしてから言った。
「あの兵は、アウレリスの城に仕えていたそうです。王の呼びかけで王都へ来たあと、うちの隊へ回されました」
レオノーラの目が上がった。
「フェリクスと共に来た者ですか?」
「はい。ただ、隊に入ってからは、ほかの兵と同じように働いていました。殿下へ先に手紙を出そうと勧めたのも、あいつです」
レオンハルトは息を止めた。
あの手紙を読み、自分はここへ来た。
誘い出されたということか……
レオノーラは、小隊長に詳しく話すよう頼んだ。
フェリクスが命じたという証拠はない。
*
捕らえた兵は、別の部屋にいた。
レオノーラが入ると、椅子に座った男の肩が強張った。
「あなたは王の密命だと言って、王子を斬ろうとしました。その命令を、誰から聞いたのですか」
男は俯いた。
縛られた手が、膝の上で握り合わされている。
「王から直接ですか。それとも、誰かに伝えられたのですか」
「……密命は、話せません」
レオノーラは、男の前へ椅子を置いた。
「王の追撃隊の指揮官は、王子を生きて連れ戻せと命じられたそうです。あなたは、それを知っていましたか?」
男が顔を上げた。
「そんなはずは……」
言いかけて、口を閉じる。
レオノーラは返事を待った。
男は、今度は何も言わなかった。
部屋を出ると、レオンハルトが廊下で待っていた。
「何か、分かりましたか」
「王から直接聞いたとは答えませんでした。命令した者の名は言わないわ。」
王子はうなずいた。
あの兵から事実を聞き出す必要がある。
*
その夜、レオンハルトは庭の端へ出た。
副長の遺体は、詰所の空き部屋に安置されている。
西門の兵たちは、その部屋の前から離れようとしなかった。
ポルフィラは、隣室の窓から王子を見つけた。
「眠れないのですか」
レオンハルトは窓へ近づいた。
黒い竜の頭は、少し先に伏せられている。近づきすぎないようにして足を止めた。
「助けを求めに来た兵を、私の前で死なせてしまいました」
「あなたを襲った人は、皆さんと同じ隊の兵だったのですね」
「はい。だから、誰も疑わなかった。私も、あの兵を近づけてしまった」
ポルフィラは右手を膝へ置いた。
相手が襲ってくると分かってからでは、間に合わないことがある。
自分の腕と脇腹にも、その傷が残っていた。
レオンハルトは、遺体のある部屋へ目を向けた。
「私を捕らえに来た王兵が、私を助けました。私を守りたいと言って来た隊には、私を殺そうとする兵がいた。見分けられませんでした」
ポルフィラには、彼にかける言葉が浮かばなかった。
窓の外へ右手を伸ばすと、オブシディオンが首を寄せた。
レオンハルトはその動きに肩を強張らせたが、そのまま続けた。
「副長を刺した兵が、誰の命令で私を殺そうとしたのか、確かめます。分からないまま、また誰かを私のそばへ立たせたくありません」
ポルフィラはうなずいた。
王子は窓から離れ、副長のいる部屋へ戻っていった。
*
追撃隊の指揮官は、王へ送る報告を書いた。
王子を殺そうとした兵を、自分が止めたこと。
その兵が捕らえられ、王の密命だと主張していること。
レオノーラたちは写しを取り、リュシエンヌへ送った。
原本は、負傷して詰所に残された追撃隊の王兵のうち、帰路に耐えられる者へ預けた。指揮官自身は、見張りつきで留め置かれた。
数日後、王都へ届いた報告を読んで、王は顔を上げた。
「私は、レオンハルトを殺すなと命じたはずだ」
書状を運んだ王兵が、頭を下げた。
「指揮官も、そのようにおっしゃっています」
フェリクスは、家臣たちの列にいた。
捕らえられた兵は、生きている。
声に出さず、書状を持つ王の手を見つめた。
王は、そばの家臣へ命じた。
「その兵が、誰の命令で動いたのか調べろ」




