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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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215/284

第215話 殺すなという命令

王都から逃げてきた西門の副長が、レオンハルトの前へ飛び込んだ。

王子へ向けられた剣が、その腹を貫いた。

刺したのは、西門の一隊に紛れていたフェリクスの手先だった。


「殿下を下げろ!」

西門の隊長が叫んだ。


レオンハルトの護衛が、王子を後ろへ引く。

暗殺に失敗した兵は、副長の腹から剣を引き抜いた。

副長が崩れ落ちる。

血に濡れた刃が、再びレオンハルトへ向いた。


「殿下を殺すな!」

王の追撃隊を率いてきた男が、庭へ踏み込んだ。

この追撃隊長は、レオンハルトを捕らえるよう王から命じられていた。ただ、生きたまま連れ戻せと、厳命されていた。


兵がレオンハルトに向かって踏み出すより先に、追撃隊長が剣を振るった。

二つの刃がぶつかる。


「邪魔をするな! 王からの密命だ!」

暗殺を命令された兵が怒鳴った。


追撃隊長は、その剣を押し返した。

「私は王から直接、殿下を殺すなと命じられた!」


邪魔された兵は一歩退き、斬り返す。

刃が追撃隊長の頬をかすめた。

血が流れても、追撃隊長は王子の前から動かなかった。

その背後では、王子の護衛がレオンハルトを詰所の壁際へ退かせていた。

兵はレオンハルトを狙い、追撃隊長の横を抜けようとした。

西門の隊長が、後ろからその腕をつかむ。

体ごと地面へ倒し、剣を持つ手を押さえつけた。


「武器を取りあげろ!」

西門の隊長の声に、ヴィオレスタ兵が駆け寄った。

押さえつけた兵の指から剣を引き離し、両腕を後ろへ縛る。


西門の隊長は、捕らえた部下の顔を見た。

「殿下を守るために来たのでは、なかったのか!」


捕えられた兵は顔を背け、何も答えなかった。


*


レオンハルトは護衛の腕を離れ、刺された西門の副長へ駆け寄った。

すでにヴィオレスタ兵が、腹の傷へ布を押し当てていた。

それでも、血は止まらなかった。

「手当てを! 運ぶものを持ってきてくれ!」

副長の横へ膝をつく。


薄く開いた目が、レオンハルトを捉えた。

「……お怪我は」


「私は、斬られていない。あなたが止めてくれた」


副長が息を吸おうとした。

口が開く。喉が鳴ったが、言葉にはならなかった。


西門の隊長も、部下の手を取った。

「俺の声が聞こえるか。聞こえたら、手を握れ」


かすかに指が動いた。

隊長が、さらに強く握り返す。

ヴィオレスタ兵が担架を運んできた。

体を動かす前に、傷へ当てた布を替えようとする。

その間に、副長の呼吸が止まった。


「おい。目を開けろ」

西門の隊長は呼び続けた。

だが、握った手は、もう握り返してこなかった。


レオンハルトは、血のついた自分の服へ目を落とした。

王都を出てきた兵たちに、まだ何も話していなかった。

自分を頼ってくれたことへの礼も、これからどうするつもりかも。

副長はそれを聞く前に、自分を庇って死んだ。


*


庭の入口では、ヴィオレスタ兵が王の追撃隊長を囲んでいた。

追撃隊長は、剣を地面へ置いた。

「私は殿下を捕らえに来た。だが、殺す命令は受けていない。あの兵を止めたのは、そのためだ」


レオンハルトは顔を上げた。

「この人は、私を庇った。傷の手当てをしてほしい」


ヴィオレスタ兵は、追撃隊長の剣を預かった。

王子を助けた相手ではある。だが、王子や西門の兵を捕らえるために来た王兵でもあった。

武器を持たせたまま、自由に出入りさせることはできない。

追撃隊長は二人のヴィオレスタ兵に見張られながら、頬へ布を当てた。

詰所の外の道には、王の追撃隊の兵たちが残っていた。

庭へ入った自分たちの上官が囲まれたため、近づこうとしている。


追撃隊長が、その部下たちへ叫んだ。

「兵を進めるな! 殿下は生きている! 私はここで事情を話す!」


部下たちの足が止まった。

それでも、王領へ引き返そうとはしなかった。


庭には、王都を離れてきた西門の兵たち。

道には、彼らを捕らえに来た王の追撃隊。

両者の間に、ヴィオレスタ兵が盾を並べている。


リゼリアはシルヴァの背から、道に残る追撃隊を見張っていた。

ここを離れれば、また斬り合いになるかもしれない。

詰所を預かるヴィオレスタ兵に頼み、館へ早馬を出してもらった。

知らせたのは、追撃隊との衝突と、王子が斬られかけたことだった。


*


日が傾き始めた頃、レオノーラがヴェスペラで到着した。

その後ろには、ポルフィラを乗せたオブシディオンがいた。


館へ届いた知らせには、王兵が退かず、戦いが再開する恐れもあると書かれていた。

ポルフィラは、オブシディオンが行けば、それを止められるかもしれないと考えて来たのだ。

オブシディオンは詰所の脇の草地へ着地した。

ポルフィラは、背に乗ったまま庭を見渡す。


王家の印をつけた兵が、庭の中にも、道にもいる。

レオンハルトの服は血で汚れ、その足元に人が倒れていた。


誰が王子を襲ったのか、まだ分からない。

〈庭へは入らないで。王子殿下たちもいる〉


オブシディオンは、道に残っていた王の追撃隊へ顔を向けた。

翼を広げ、詰所へ近づく道を塞ぐ。

〈ここから先へは、通さぬ〉


唸りが響いた。

追撃隊の馬が暴れ、王兵たちが慌てて手綱を引く。

剣を構えようとした者も、竜が牙を見せると、その場から後ずさった。


ヴェスペラから下りたレオノーラは、レオンハルトのそばへ来た。

「あなたの怪我は」


「ありません。西門の副長が、私を庇って……」

声が途切れた。


レオノーラは倒れた副長を見てから、王子の横へ膝をついた。


その後、詰所を預かるヴィオレスタ兵から、短い説明を受けた。

王子を斬ろうとした兵は縛られ、別室へ入れられている。

王の追撃隊長は、その兵を止めたあと、武器を預けて庭に留まっているという。


「王の追撃隊長にも、手当てをお願いします。見張りはつけたままで」

レオノーラが頼むと、ヴィオレスタ兵はうなずいた。


頬を斬られた追撃隊長が、詰所の中へ案内される。


道に残された王兵たちは、竜を前に進めなかった。

やがて一人が馬を返す。

それをきっかけに、王の追撃隊は王領の方へ退き始めた。


オブシディオンは追わなかった。

ポルフィラを乗せたまま、王兵たちが遠ざかるのを睨んでいた。


庭では、亡くなった西門の副長へ布がかけられた。

レオンハルトと西門の隊長は、そのそばから離れなかった。


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