第212話 私が決めたこと
亡くなったヴィオレスタ兵の妻が、館へ来た。
夫の私物を受け取るためだった。
リュシエンヌの取り次ぎで、レオンハルトも会うことを許された。
部屋へ入ると、女は夫の上着を膝に置いていた。袖口を撫でていた手が、王子を見て止まる。
レオンハルトは頭を下げた。
「御主人は、私たちを守るために亡くなりました。申し訳ありません」
女は、返事をしなかった。
やがて、上着を握り締めたまま尋ねた。
「あなたが助けた三人は、生きているのですね」
「はい。この館にいます」
「あなたの護衛も」
「手当てを受けています」
女の目から、涙が落ちた。
「夫だけが、帰ってこないのですね」
レオンハルトは何も言えなかった。
三人を引き渡せばよかったとは思わない。だが、そのことを今この人へ説明して、どうなるのだろう。
リュシエンヌが、女のそばへ座った。
「私が、王子たちを迎え入れました。門を守るよう御主人に命じたのも私です。あなたにお詫びします」
女は、夫の上着へ顔を伏せた。
二人はその場にいたが、女はもう、どちらも見ようとしなかった。
*
部屋を出たあと、レオンハルトは自分に従ってきた護衛たちを訪ねた。
肩を斬られた護衛隊長が、寝台の上から顔を上げる。
「お疲れのようですが」
「亡くなった兵の奥方に、お会いしてきた」
隊長は、返す言葉を見つけられずに黙った。
レオンハルトは椅子へ腰を下ろした。
「私たちがここへ来なければ、あの兵は死ななかった。そう思う。それでも、三人を処刑場へ戻すことはできない」
隊長は、ゆっくりうなずいた。
「私も、引き渡したいとは思っておりません」
「だが、ここで守っているだけでは、王領に残った者は助からない。同じように仕事から逃げようとすれば、また捕らえられる」
鍛冶職人の兄弟は、領地を出る前に捕まった。
王子が処刑場へ行かなければ、二人は商人とともに殺されていたはずだ。
次に捕らえられる者の前へ、都合よく誰かが立てるとは限らない。
「竜の民にも、自分の暮らしを自分で決める権利が必要だ。働く場所や住む場所を選べるようにしたい。国の決まりを、変えなければならないと思う」
隊長は姿勢を正した。
「殿下。王に逆らってまで三人を助けたことを、理解できない者もおります。そのうえ竜の民の扱いを変えるとなれば、殿下を慕う兵でも反対するかもしれません」
「そうだろうな」
レオンハルトは、吊られた隊長の腕を見た。
自分を守るために傷を負った男だ。その男でさえ、賛成するとは言っていない。
「私は、王都の兵たちへ手紙を書くつもりだ。処刑を止めた理由と、これから何を変えたいのかを伝える」
「私どもにも、見せていただけますか」
「ああ。賛成できないことがあれば、聞かせてほしい」
隊長は、今度ははっきりとうなずいた。
「部下にも、そのように伝えます」
*
その日の午後、レオンハルトは自分の部屋で筆を取った。
父は、自分が竜を持つ娘や領主たちと同じ側に立ったと知らせている。
なぜそうなったのかは、書かれていなかった。
まず、処刑場で自分が何をしたかを書いた。
王へ処刑の中止を求めたが、認められなかった。
それでも三人を殺させたくなかったため、自ら処刑を止め、彼らを連れて王都を出た。
誰かに命じられたのでも、竜に脅されたのでもない。
次に、これから望むことを記した。
竜の民も、自分の暮らしを自分で決められるようにしたい。
助けた三人だけを特別に扱うつもりはない。
書き終えてから、もう一度読み直した。
これを出せば、父はさらに怒るだろう。
自分を支持していた兵が、離れていくかもしれない。
それでも、自分の考えを隠したまま、王子だから助けてほしいとは言えなかった。
末尾に名を書き、筆を置いた。
*
手紙は、リュシエンヌの家臣に写してもらった。
各領の領主へ送り、王都へは、レオンハルトが以前から報告を受けていた守備隊の隊長たちへ宛てた。
ポルフィラにも、一通を読んでもらった。
彼女は椅子に座ったまま、右手で紙を持っていた。
「王領に残っている竜の民も、自由に暮らせるようにしたいのですね?」
「ええ。ここへ逃げられた者だけでなく、残っている人たちもです」
ポルフィラは、少し俯いた。
「村にいた頃は、ずっとそのまま働いて暮らすのだと思っていました。自分で決めていいと言われても、すぐには分からない人もいると思います」
レオンハルトは、彼女を見た。
自分は今になって、国の決まりを変えたいと書いた。
彼女は、その決まりの中で育ってきたのだ。
「決まりを変えたあとも、困っていることや、やりたいことを聞いていく必要がありますね」
「私も、まだ分からないことがたくさんあります。でも、自分で選んでいいのだと、知ってほしいです」
彼女は紙を返した。
レオンハルトは受け取り、ほかの写しとともに使者へ預けた。
*
数日後、王都の西門を守る小隊長へ、手紙が届いた。
隊長は扉を閉め、副長と二人で読んだ。
「殿下が、ご自分で処刑を止めた理由が書かれています」
副長が、最初の段落を指した。
隊長は、最後まで読み終えてから紙を机へ置いた。
王は、王子の命令には従うなと言った。
だが、この手紙は命令ではない。
三人を助けた理由と、竜の民をどう扱いたいかが、本人の言葉で書かれていた。
「王は、殿下を捕らえろと命じている」
隊長が言うと、副長は黙ってうなずいた。
「俺たちにも、その命令が来るかもしれん。殿下を捕らえ、助けた三人を牢へ戻す役目だ」
隊長は、手紙の署名を見つめた。
それを実行する自分を思い描こうとして、できなかった。
「明日の交代が終わったら、皆を集めてくれ。俺から話す」




