第211話 王太子の名を消す
王都へ戻った王は、書記官を呼びつけた。
フェリクスも、その場に控えていた。
「レオンハルトを王太子の地位から退ける。王位を継ぐ者とは認めぬ」
書記官が顔を上げた。
王は構わず続けた。
「私が処刑を命じた三人を逃がし、今も引き渡しを拒んでいる。反逆した領主たちや、竜を持つ娘と同じ側に立った。王家の名で命令することも許さぬ」
レオンハルトの指揮権は、王都を脱出した日に取り上げていた。
今度は後継者の地位も失わせ、それを国中へ知らせるのだ。
「役所と兵の詰所へ届けよ。以後、レオンハルトの命令に従ってはならぬと、はっきり記せ」
書記官は、王の言葉を書き取った。
フェリクスは黙って聞いていた。
レオンハルトが王位へ戻れば、アウレリスを治める兄の立場は強くなる。王と息子が決裂したままでいてくれる方が、自分には都合がよかった。
書記官が下がると、王がフェリクスへ向き直った。
「おまえと共に王都へ来た兵を、守備の補助に使う。各詰所へ出せ」
「承知いたしました」
「王兵の中に、レオンハルトへ協力する者がいないか調べさせろ。兵が逃げたり、敵へ知らせを送ったりする前に、報告させるのだ」
フェリクスは深く頭を下げた。
王都の兵たちを調べる権限まで与えられた。
誰が王へ不満を持ち、誰が王子を慕っているか。その情報を、自分が先に知ることができる。
*
数日後、王都の西門を守る小隊にも、王の布告が届いた。
役人が兵を集め、王太子の地位の取り消しを読み上げた。
「レオンハルト様から命令が届いても、従ってはならない。各自、覚えておくように」
役人が去ると、兵たちは小隊長を見た。
隊長は以前、レオンハルトに守備隊の食料や装備の不足を報告する役目を担っていた。部下たちも、王子がこの詰所を訪れた姿を覚えていた。
「殿下は、竜に捕まっているのではないのですか」
若い兵が尋ねた。
隊長は首を振った。
「今、どんな暮らしをしておられるかは、俺にも分からん」
「だったら、脅されて王に逆らっているのかもしれません」
隊長は、東広場で処刑を警備していた兵から聞いた話を思い出した。
王子は、王の許しを得ていないと認めたうえで、処刑人の前へ立ったという。
「三人の処刑を止めたのは、殿下ご自身だ。その場に竜はいなかった」
若い兵が黙った。
隣の兵は、壁へ貼られた布告を見ている。
「では、どうして竜の民を助けたのですか」
隊長は答えられなかった。
王子は厳しい人だったが、わざと兵を苦しめる命令は出さなかった。その王子が、父である王に背いてまで三人を助けた。
何を考えていたのか、本人から聞きたかった。
「分からん。今あるのは、王がお出しになった知らせだけだ」
隊長は、部下たちを仕事へ戻らせた。
自分は机の前に残り、布告をもう一度読んだ。
そこには、王子がなぜ処刑を止めたのか、一言も書かれていなかった。
*
さらに数日後、ヴィオレスタにも同じ布告が届いた。
レオンハルトは、リュシエンヌから渡された書面を読んだ。
王位を継ぐ者とは認めない。
レオンハルトの命令には従うな。
父の前で言われたときから、分かっていたはずだった。
それでも、正式な命令として文字になると、胸が苦しくなった。
城へ戻り、父に謝ることを、まったく考えなかったわけではない。
だが戻るためには、助けた三人を差し出さなければならない。
あの鍛冶職人の弟は、まだ夜中にうなされているという。再び処刑場へ連れ戻すことなど、できなかった。
「一緒に来た護衛にも、これを見せます」
レオンハルトが言うと、リュシエンヌはうなずいた。
「お部屋に集まっていただきますか?」
「いえ。私から行きます。怪我をしている者もいますので」
*
護衛たちの部屋で、レオンハルトは布告を読み上げた。
肩を斬られた護衛隊長は寝台に座り、ほかの者たちはその横で聞いていた。
「私に従って城を出た者は、王命に背いたと見なされている。父の怒りが私だけに向いているわけではない」
誰も口を挟まなかった。
レオンハルトは紙を下ろした。
「私のために、帰れなくなった。すまない」
若い護衛が、包帯の巻かれた左腕へ触れた。
王都を逃げるときに斬られた傷だった。
「私たちが戻っても、捕らえられるのですね」
「そうだ。王は、護衛たちも捕らえるよう命じている。私から赦しを求めても、認められるとは約束できない」
護衛隊長が、寝台から顔を上げた。
「殿下は、三人を引き渡すおつもりはないのですね?」
「ない」
「でしたら、私もお守りします。広場で殿下の前へ出たときから、王に罰せられるかもしれないとは思っていました」
レオンハルトは隊長を見た。
その腕は、まだ吊られたままだった。
若い護衛も、小さくうなずいた。
*
部屋を出ると、リュシエンヌが廊下で待っていた。
「明日、門で亡くなった兵の奥様がお見えになります。御主人の私物を受け取りに」
レオンハルトは足を止めた。
あの兵を運んだとき、担架の重さが両腕へかかった。
自分たちを迎えたために、もう家へ帰れなくなった人だった。
「私も、お会いしたいです。謝罪をしたい」
「そのようにお伝えします。ただ、奥様が望まれなければ、今回はお控えください」
レオンハルトはうなずいた。
自分は地位を失っても、生きている。
三人も、護衛たちも、この館で手当てを受けている。
そのことを、あの兵の妻へどう話せばよいのか。
答えが見つからないまま、レオンハルトは自分に用意された部屋へ戻った。




