第21話 荷置場
日が高くなるころ、道の先に大きな屋根が見えてきた。倉だった。その向こうには白い壁の家々が並び、二階の窓がいくつも見えた。屋根は奥まで重なり、町の端がどこなのか、ここからでは分からなかった。
セラの父親が、荷車を引きながら顔を上げた。
「こんなに家があるのか」
ドランも家並みを見た。初めて見る天馬の民の町だった。大きな倉に、広い道。この町にも、自分たちの村で育て、作って納めた品々が届いていたのか。
倉の向こうの通りでは、軒先に布を広げる者や、籠を抱えて歩く者が見えた。人の声が重なり、車輪の音が絶えない。ガルの父親もそちらを見ていたが、通りからこちらへ顔を向ける者がいると、すぐ目をそらした。
トーマの父親が管理者との間を詰めた。ドランも前へ向き直る。町を見てみたい気持ちはあった。だが、家々へ続く道は、自分たちが進んでよい道ではない。
倉の前には何台もの荷車が並んでいた。四人が近づくと、荷を運んでいた天馬の民が足を止めた。
一人が顔をしかめ、そばの者に何か言った。二人は持っていた荷を下ろし、道を空けるように離れた。ドランは前を向いたまま、荷車を引いた。
管理者は、倉の手前で四人を止めた。
「ここで待っていてくれ」
地面には杭が打たれ、縄が張られていた。ほかの荷車は倉の戸口まで進んでいるが、四人が示された場所は、その列から離れていた。
管理者が倉へ向かうと、ガルの父親が握っていた手を緩めた。
「ここまででいいんだな」
ドランはうなずいた。ガルの父親は、荷車を縄から少し離した。トーマの父親も、自分の足元を確かめた。どこへ立ってよいかさえ、村にいるときのようには決められなかった。
やがて、管理者が帳面を持った係と戻ってきた。係は四人の手前で止まり、荷車を見た。
「四人か」
管理者が答えた。
「はい。許可された人数です。荷車も二台です」
係は帳面に目を落とした。
「麦を先に下ろせ。残りの荷は右だ。縄のこちらへは出るな」
セラの父親が答えた。
「分かりました」
四人は荷を下ろし始めた。係は近づかずに数を確かめ、見えないところがあると、手前の袋を動かすよう命じた。
納める品をすべて下ろすと、係が荷車に残った袋を指した。
「それは何だ」
ドランの道具袋だった。
「車を直すための道具です。私が持ってきました」
係がドランを見た。
「納める物ではないのか」
ドランは答えた。
「はい。帰りにも使うかもしれません」
係は袋を指した。
「口を開けて見せろ」
ドランは袋を開き、槌と小さな道具を見せた。係の視線が、一つずつその上を動いた。ドランは動かずに待った。
管理者が口を開いた。
「村の鍛冶をしている者です。荷車が壊れたときのために、持ってきた道具です」
係は顔を上げた。
「運ばせる荷は決めてある。余計な物を持たせるな」
管理者は答えた。
「途中で車が動かなくなれば、荷を届けられません。荷置場では使わせません」
係は少し黙ってから、ドランへ言った。
「車に戻せ。ここでは出すな」
ドランは袋を閉じ、荷車に戻した。指がこわばり、袋の紐を結ぶのに手間取った。ガルの父親がそばへ来たが、声はかけなかった。二人は残った縄を片づけた。
*
荷を下ろしても、四人は帰れなかった。係は帳面を持って倉へ戻り、管理者も確認に呼ばれた。
倉の方から、麦の袋を取りに来る者たちが見えた。四人が荷車のそばへ下がると、ようやく近づいてくる。麦の袋は、一つずつ倉へ運び込まれた。
トーマの父親が、小さな声で言った。
「荷を渡しても、まだ待つのか」
セラの父親が倉を見た。
「戻ってくるまで、ここにいよう」
ドランは家から持ってきた包みを開いた。ほかの三人も、それぞれ食べる物を取り出した。荷車を背にして座ると、足の疲れがようやく分かった。
倉の前では、別の荷車に麦の袋が積まれていた。ここから町へ運ばれるのだろう。セラの父親が、その車を目で追った。畑で育て、家族で袋に詰めた麦を、見知らぬ者が運び去る。父親は車が通りへ曲がると、残った食べ物へ目を戻した。
通りの向こうでは、布を広げた軒先に、女と子供が立ち止まっていた。子供が一枚を指すと、女が手に取った。二枚を並べて見比べ、布を売る者と話している。
ガルの父親が、その親子を見ていた。
「あんなふうに、家で使う物を選べるんだな」
ドランも目を向けた。ミレアとポルフィラが並び、娘の服にする布を選ぶ姿を思い浮かべた。自分たちは家族で町へ来て、店で買い物をすることはできない。
倉では天馬の民も汗を流して荷を積み、軒先の者も客が去ると布を畳み直していた。町の者たちも働いている。たが、彼らは仕事の後にあの通りで、家族のための買い物をすることができるのだ。
そばを通ろうとした天馬の民が、四人に気づいて道を変えた。ドランは目を伏せ、残りを口に入れた。
食べ終えても、管理者は戻らなかった。日差しが荷車の陰を短くし、やがて反対側へ伸ばし始めた。
ガルの父親が立ち上がった。
「家では、待っているだろうな」
ドランも立ち上がった。朝、手を上げていた娘の姿が浮かんだ。そばにはミレアがいた。遅くなるかもしれないとは伝えたが、いつまで待つかは自分にも分からない。
倉の戸口に人影が現れるたび、四人は顔を上げた。
*
管理者が戻ってきたのは、昼をだいぶ過ぎてからだった。
「数は合っていた。帰ってよいそうだ。帰りも村まで私が付き添うことになっている。一緒に戻ろう」
管理者が先に立ち、四人も荷車を動かした。ドランは倉へ目を向けたが、受け取りの係は出てこなかった。
家並みが見えなくなるまで、誰も話さなかった。空の荷車は、来たときより軽かった。セラの父親が額の汗を拭いた。
「戻れるな」
ガルの父親が答えた。
「ああ。早く帰ろう」
帰り道では、管理者が先頭の荷車の横を歩いていた。ドランは車を引きながら尋ねた。
「これからも、村から運ぶことになるのですか」
管理者は少し間を置いて答えた。
「今回だけと聞いている。だが、次にどんな指示が来るかは、私にも分からない」
ドランは道具袋を見た。使わずに済んだ槌が、車の揺れに合わせて袋の中で動いている。
車を直すために持ってきた道具を、係は余計な物だと言った。もし取り上げられていたら、返してほしいと言えば聞いてもらえただろうか。ドランは袋が車にあることを、もう一度確かめた。
道の先には、村へ続く畑が広がっていた。ドランは荷車の持ち手を握り直し、足を速めた。




