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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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207/282

第207話 閉ざさない門

王都を出て三日目の午後、レオンハルトたちは、ようやくヴィオレスタとの領境に近づいた。

まだ王領の中だったが、坂を下った先には、リュシエンヌの兵が守る詰所が見えていた。


商人夫婦を乗せた馬が遅れ始めた。

休ませたい。だが、ここで止まれば追いつかれる。

レオンハルトが後ろを振り返ったとき、木立の間から王の騎兵が現れた。

「殿下! 馬をお止めください!」


レオンハルトの前には、助けた鍛冶職人の弟が乗っている。男は追手の声を聞くと、王子の袖を握り締めた。


「詰所まで行く。つかまっていてくれ」

レオンハルトは馬を走らせた。

商人夫婦と、鍛冶職人の兄を乗せた護衛が続く。最後尾には、王子の護衛隊長が残った。


「竜の民を引き渡せ!」

王の騎兵が、護衛隊長の横へ追いついた。

隊長は剣を抜き、仲間へ追いつこうとする騎兵を遮る。鋼のぶつかる音が、レオンハルトの背後で響いた。


*


ヴィオレスタの詰所から、兵が道へ出てきた。

先頭の馬に乗る男が王子だと分かり、槍を下げる。

「王子殿下。どうなされたのですか」


「王の兵に追われている。リュシエンヌ殿に会わせてほしい!」


詰所を預かる兵は、王子の前に座る竜の民を見た。

後ろからは、疲れ切った商人夫婦を乗せた馬も近づいてくる。


「皆さんを庭へ! 御領主へ知らせを出せ!」

ヴィオレスタ兵が道を空けた。


レオンハルトたちが領境を越えると、兵はその背後で槍を構え直した。

まだ、護衛隊長が来ていなかった。

レオンハルトは詰所の庭で馬を止め、坂の方を見た。

隊長は追手の剣を受け、押し返そうとしていた。

別の騎兵が、その脇へ回り込む。


「隊長、逃げろ!」

叫んだ瞬間、隊長の肩が斬られた。

剣を握る腕が下がる。

それでも隊長は馬を反転させ、こちらへ駆けてきた。

追手も続こうとした。

だが、道を塞ぐヴィオレスタ兵の槍を見て、馬を止める。


「退け! 王命を受けて追っている!」

追手の指揮官が怒鳴った。


詰所を預かる兵が、槍の列の前へ出た。

「ここから先はヴィオレスタ領だ。王の兵であっても、御領主の許しなく入れることはできない」


二人が言い合う間に、護衛隊長の馬が庭へ入った。

隊長の体が鞍から傾く。

レオンハルトは鍛冶職人をヴィオレスタ兵に下ろしてもらい、自分も馬を下りた。

「誰か、手を貸してくれ!」


駆け寄った兵と二人で、隊長を支えた。

肩の傷から血が流れている。レオンハルトが布を押し当てると、隊長は歯を食いしばった。


道の向こうで、追手の指揮官が再び声を張った。

「商人と竜の民二人は、王が処刑を命じた者だ! 引き渡せ!」


詰所の兵が答える前に、レオンハルトは顔を上げた。

「三人は私が連れてきた。引き渡しはしない!」


「では、殿下だけでもお戻りください!」


「戻らない。父上には、私が自分の意思でここへ来たと伝えろ!」


追手の指揮官は、庭にいる王子を睨んだ。

その前では、ヴィオレスタ兵が槍を構えている。

無理に進めば、別の領主の兵と戦うことになる。

指揮官は、剣を収めた。

「王へ報告する。殿下を匿ったことも、すべてだ」


追手が坂を引き返していく。

レオンハルトは、隊長の肩を押さえる手を緩めなかった。


「……三人とも、入れましたか」

隊長が尋ねた。


レオンハルトは、兵に水を渡されている商人夫婦と、寄り添って座る兄弟を見た。

「ああ。全員ここにいる」


隊長は目を閉じた。

レオンハルトは、傷を押さえた布が赤く染まっていくのを見つめた。


*


その日のうちに、詰所からリュシエンヌへ早馬が出た。

王子たちは詰所で手当てを受けながら、返答を待った。


二日後、館へ迎えるという知らせと、怪我人を運ぶための荷車が届いた。

出発の支度をしていると、鍛冶職人の弟がレオンハルトの服をつかんだ。

「殿下も、来てくださるのですか?」


「一緒に行く。君たちだけをどこかへ送るつもりはない」


男はようやく手を離し、兄とともに荷車へ乗った。


リュシエンヌの館へ着いたのは、さらに翌日の夕方だった。

玄関で彼女が迎える。家臣たちは荷車から怪我人を下ろし、館の中へ運び始めた。


レオンハルトは、リュシエンヌへ頭を下げた。

「受け入れてくださって、感謝します」


「詰所から事情は聞いています。王が処刑を命じた三人を、殿下がお助けになったのですね」


「はい。父は、三人を取り戻そうとします。逃がした護衛たちも罰するつもりです」


玄関の奥へ、商人夫婦が入っていく。

妻は夫の腕を自分の肩へ回し、歩幅を合わせていた。


レオンハルトは声を落とした。

「私を迎え入れたことで、あなたまで父に責められるかもしれません」


「殿下が王都へ戻って、三人を助けるよう頼むことはできませんか?」


レオンハルトは首を振った。

「処刑をやめてほしいとは、すでに頼みました。父は認めませんでした。私だけが戻っても、三人はまた捕らえられます」


リュシエンヌは、しばらく黙っていた。

自分が断れば、王子たちはどこへ行くのか。

肩を斬られた護衛は、運ばれる間も痛みに呻いていた。これ以上、逃げ続けることなどできないだろう。

「皆さんには、この館にいていただきます」


レオンハルトが顔を上げた。


リュシエンヌは、彼を見て続けた。

「王から引き渡しを求められても、お断りします」


「父は、自ら来るかもしれません。ノクスを伴って」


リュシエンヌの表情が強張った。

この領地に天馬はいない。王が力で奪い返そうとすれば、自分の兵だけでは止められなかった。

それでも彼女は、玄関を示した。

「まず、中へお入りください。皆さんをお返ししないために何ができるか、私も考えます」


*


王子たちを迎えた夜、リュシエンヌはレオノーラへ手紙を書いていた。

王太子と、彼が助けた人々を保護したこと。

王が天馬を伴って来るかもしれないこと。

助けを求めれば、中立のままではいられなくなるかもしれない。

それでも、館の中では怪我人が手当てを受け、逃げてきた人々が眠っていた。


リュシエンヌは、最後の一文を書いた。


王が力ずくで連れ戻そうとしたとき、この人たちを守るために、力を貸していただきたい。


封をした手紙を、待たせていた使者へ渡す。

「今夜のうちに発って。できる限り早く、レオノーラ様へ届けてほしい」


*


それから数日後、追手からの報告を受けた王は、リュシエンヌへ送る命令書を作らせた。

王子と処刑を逃れた三人、その逃亡を助けた護衛を引き渡せと。


使者を送り出すと、近衛に出立の支度を命じた。

「私もヴィオレスタへ向かう。ノクスを連れていく」

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