第203話 席に着く者
王の使者が帰ってから半月あまりで、双方の代表がリュシエンヌの館に集まった。
軍事的な中立を保つヴィオレスタ領で、戦いを止めるための話し合いが開かれたのだ。
王の代理は、王子レオンハルトだった。
向かいにはロデリクとレオノーラ、クラウスの代理である息子エミール、インディルの後継者リゼリアが座っている。アウレリスを治めるアドリアンも出席していた。
館の外では、それぞれの護衛が離れて待っていた。
レオンハルトは、父から預かった書状を開いた。
「二十日間、互いの領地へ兵を進めない。その間に捕虜の名前を知らせ合い、負傷者を運べるようにする。王は、この範囲の取り決めを私に任せています」
「逃げてきた竜の民を捕らえるための兵も、入れないでいただきたい」
リュシエンヌが、一通の文を机に置いた。
王の役人が、逃げてきた家族の引き渡しを求めた書面だった。端には、それを止めて斬られたヴィオレスタ兵の血が残っている。
「家族を返すつもりはありません。王に、そうお伝えください」
レオンハルトは血の跡から目を上げた。
「他領へ兵を入れないことは約束します。ただ、竜の民を返さなくてよいと認める権限まではありません」
「では、王の返答を待ちます。その間も、ここで暮らしてもらいます」
リュシエンヌは文を引き寄せた。
レオンハルトは自分の家臣に、彼女の返答を書き留めるよう命じた。
続いて口にしたのは、父から必ず伝えよと言われた提案だった。
「ポルフィラを王都で療養させ、その後も王家で保護したいとのことです。戦場へ出なければ、竜が王兵を襲う理由もなくなるのではないかと」
ロデリクの眉間に皺が寄った。
「王兵に射られた娘を、王へ預けることはできない」
リゼリアが、ポルフィラの署名のある紙を差し出した。
「本人も、王都へ行くことを望んでいません。それから、オブシディオンは彼女の命令で動くわけではありません。王軍の弓兵を見れば殺すという考えも、変わっていません」
紙を受け取ったレオンハルトの指が止まった。
王都の城にも弓兵はいる。竜が娘を追って来たら、城内で同じ惨事が起こりかねなかった。
「では、王都を襲わないという約束も、得られないのですか?」
「私たちにはできない。できると偽って署名するわけにもいかない」
ロデリクは、机の上へ両手を置いた。
「だが、こちらの軍は止められる。まず、それを決めよう」
しばらく沈黙したあと、レオンハルトは家臣に停戦の文書を用意するよう告げた。
軍を進めない期間は二十日。
互いに捕虜の名簿を送り、負傷した捕虜から引き渡す。手当てのための搬送も妨げない。
各領の代表が内容を確かめ、順に署名した。
最後に、レオノーラが王子へ言った。
「竜の民が自由に暮らせることも、王に認めていただきたい。それが認められなければ、戦いの原因は残ります」
レオンハルトは、筆を置いた。
父は、その要求を認めるために自分を送り出したのではない。
「王へ伝えます。今ここで、認められるとは申し上げられません」
レオノーラはうなずいたが、表情は緩まなかった。
レオンハルトの手元には停戦の文書がある。その隣には、返答のできなかった要求が並んでいた。




