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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第187話 乗り手を狙え

王の呼びかけから日がたつにつれ、王都へ続く街道には、ほかの領地から来た天馬の民が増えていた。

王軍へ加わるために、仕事や家族を残してきた者たちだった。

城外の受付で、剣を腰に下げた男が出身を答えた。

「ヴェルディアだ。クラウス様の隊で槍を持っていた」


王軍の受付役が顔を上げた。

「退役したのか」


「いいや。王に従うと言ったら、引き留められる。仲間と夜に抜けてきた」

男の後ろにも、旅の埃をつけた兵が並んでいた。

迎え撃つはずの王軍へ加わるため、自分たちが守っていた領地を出てきたのだ。


受付役が脇の兵へ声をかけた。

「経験者の列へ。部隊はあとで決める」


「戻れば、逃亡兵として捕らえられる」

男が言った。


受付役は、机のそばに掲げられた王の通達を示した。

「ここで王軍へ入る者は、陛下の兵になる。四家から引き渡せと言われても、渡さぬ」


男はしばらく通達を見つめ、それから示された列へ歩いた。


その隣では、オランデルから来た天馬の民の男が、兵役の経験はないと答えていた。

布を扱う工房で働いていたが、王領との取引が止まり、仕事を失ったという。

「レオノーラ様は、竜の民を守るためなら俺たちが困ってもいいんだろう」


同じ工房から来た仲間が、荷を地面へ下ろした。

「うちの親父は行くなと言った。商いを止めたのは王だって」


「だったら、なぜ殿様は王に従わない。竜の民を元へ戻せば済む話だろう」


二人の後ろには、インディルから来た天馬の民もいた。

山道を越えてきた靴は傷み、一人は踵へ布を巻いていた。

受付へ進むと、村で王の呼びかけを聞き、仲間を募って出てきたと話した。


「テオバルト様の兵だった者はいるか」


「俺たちは違う。兵には、途中で合流した」


受付役が、兵役の経験がある者と、ない者を分けて並ばせる。

そこへ、アズレインから来た一団が加わった。

さらに後ろでは、アウレリス家に仕えていた男が、フェリクスのもとで戦いたいと申し出ている。

「アドリアン様には従えない。ユリウス様を焼いた竜と手を組んだんだぞ」


そばの者がうなずいた。

竜に家族を殺されたわけではない男も、その言葉を聞くと顔を険しくした。


街道から、また一組の志願者が歩いてきた。

受付の兵が机を増やすよう命じる。剣を使える者、弓を引ける者、武器を持ったことのない者が、それぞれ別の場所へ案内されていった。


鍛冶場へ向かう荷車が、その列の脇を通った。

荷台には鉄と炭が積まれている。

車を押す竜の民の男が、訓練場の方を見た。昨日まで空いていた場所にも、天馬の民の男たちが並んでいた。


「止まるな」


王領の兵に促され、男は車輪へ向き直った。

志願兵が増えるほど、武器も鍋も必要になる。朝、村へ来た役人は、これまでより多く納めるよう告げていった。

食べる分が残らないという訴えには、軍を優先しろと答えた。

荷車の男は、腰をかがめて押した。

竜の民の自分たちは、食べる物すら残してもらえず、押し付けられる仕事だけが増えていく…そのうえ、ますます増えていく兵の食事も道具も用意しろと言われる。

車輪が窪みにはまり、腕へ重みが食い込んだ。


*


城の訓練場では、王家の弓兵が一人、弓を構えていた。

的の後ろに人がいないことを確かめ、指を放す。

弦が鳴った。

離れた木の板へ矢が突き立ち、板を支える柱が震えた。


ヴァルテルは、軍務を預かる家臣とともに見ていた。

家臣が王へ向き直る。

「軍にある弓の中でも、強いものです。ただし、扱える者は限られます。新たな志願兵へ渡しても、すぐには使えません」


「弓を使った経験のある者を集めよ。ほかの部隊からも選べ」

王は的の前まで歩いた。

板から矢が抜かれる。深く開いた穴を見て、家臣へ顔を向けた。

「これを、さらに遠くまで届くようにできぬか」


「弓職人に確かめさせます。矢も合わせて作らせなければなりません」


「必要な職人を集めよ。鍛冶屋もだ。四家へ荷を出せずにいる工房があるだろう。仕事は軍が与える」


その家臣は頭を下げた。

だが、そばにいた別の軍務の家臣が、ためらいがちに口を開いた。

「陛下。竜を狙うのであれば、弓を強くしても鱗を貫けるかどうか……」


ヴァルテルはその男を見た。

「鱗を射る必要はない」


誰も答えなかった。


「背にいる娘を狙え。天馬も同じだ。人間まで鱗に覆われているわけではなかろう」

家臣の目が、的に残った穴へ動いた。

王は続けた。

「一人の弓の名手に任せるな。弓兵をまとめ、同じ相手を狙わせる。近づいてきたところへ、一斉に射かけよ」


「竜が遠くにいる間は、射ずに待つのですか」


「遠くから射てば、こちらへ気づかれる。娘を確実に射られるところまで待て」


風が訓練場を抜けた。

家臣の一人が、声を落とした。

「天馬ならば、乗り手が死ねば共に死にます。竜も、そうなのでしょうか」


「人と繋がって力を貸す。同じであっても不思議はない」

王は言い、しばらく黙った。

従わせられるなら、竜を手に入れたかった。

だが、娘は王の命令を拒み、ユリウスを焼いた。あの力が敵にあるままでは、天馬が一頭になった王家は脅かされ続ける。

「娘を射てば、あれがどうなるかも分かる」


軍務の家臣たちが頭を下げた。

王が訓練場を去ったあと、一人が弓兵の隊長を呼び寄せた。

経験のある者を選び、強い弓に慣れさせる。人を乗せた天馬や竜を狙うための部隊を作る。

命令を聞いた隊長は、王が去った門を一度見てから、部下を集め始めた。


*


その日の午後、王都近くの村へ、職人を集める役人が入った。

竜の民の鍛冶屋の前で馬を止め、戸を叩く。


男は、鍬の刃を直していた。

戸口へ出ると、役人が名を確かめた。

「明朝、道具を持って出ろ。軍の工房へ入ってもらう」


「ここで頼まれている修理があります」


「ほかの者へ回せ」


「隣の村の鍛冶屋も、先に連れていかれています」


役人は返事をせず、連れてきた兵へ顎を向けた。

兵が戸口に立つ。

家の奥で、男の妻が手を止めていた。


「逃げれば、家族にも事情を聞くことになる」


男は妻を見た。

まだ直していない農具が、壁際に並んでいる。

「……何を作るんです」


「矢尻だ。ほかにも仕事はある。詳しくは工房で聞け」

役人は、男の名の横へ印をつけた。

それから次の家を尋ねた。


*


ヴェルディアで、ポルフィラの村の人々が身を寄せている避難先にも、軍から修理の依頼が来ていた。

ドランの前に止められた荷車は、片側の車輪が傾いている。


「兵糧を積む車です。急いでもらえませんか」

クラウスの部隊で荷を扱う天馬の民の男が、壊れた軸を指した。


ドランはしゃがんで確かめ、立ち上がった。

「直せる。だが、今日は無理だ。明日の夕方まで待ってくれ」


「もう少し早くは」


ドランは作業台に並べた農具を見た。

「先に受けた仕事がある。これが戻らなければ、畑へ出られない家もあるんだ」


男は返事に詰まり、車の下を覗いた。

ドランは叱られるのを待つように、黙って立っていた。

以前なら、天馬の民から急げと言われれば、ほかの仕事を脇へ置いた。


やがて男が顔を上げた。

「では、そう報告します。修理の代金は、ほかに必要な部品があるか確かめてから相談させてください」


ドランはゆっくりうなずいた。

男が去ると、隣で話を聞いていたミレアが、荷車へ近づいた。

「引き受けて大丈夫?」


「ああ。明日まであれば、できる」

ドランは車輪を押さえた。

早く直して送り出したかった。娘も、その先のどこかで戦っている。

それでも、畑の仕事を止めれば、村の人々が困る。自分が焦って仕事を重ねても、腕は二本しかなかった。

「トーマたちが戻ったら、車体を持ち上げるのを頼もう」


「伝えておく」

ミレアが作業台の邪魔になっていた空箱を運び出した。

ドランは先に預かった鍬を取り、刃の欠けたところを指で確かめた。


*


夕方、荷運びから戻ったトーマが、ガルと一緒に荷車の脇へ立った。

トーマは、運ぶ荷の量や行き先を確かめて仕事を受けていた。今日は、避難先と町の倉の間を往復してきたところだった。

「ここを持てばいい?」


「俺が言ったら上げてくれ。足を車輪の下へ入れるな」


ドランの合図で、二人が車体を持ち上げた。

軸を支える木が差し込まれ、ようやく手を離せる。

トーマは息を吐き、ガルの手のひらを見た。

「またマメが潰れたのか?」


「槍の稽古で。持ち方が悪いって言われた」


ガルは赤くなったところを服で拭った。

避難路を守る兵の訓練に通い始めていた。参加を申し出た竜の民と、クラウスの部隊の天馬の民が、同じ場所で槍を持つ。

並ぶことを嫌がり、訓練から外れた天馬の民もいた。


「俺たちと組むのは嫌だってさ」

ガルが言った。

「でも、教えてくれる兵もいる。今日も、足の置き方を何度も直された」


トーマはうなずき、作業台へ置かれた紙へ目を向けた。

リナが、ミレアに頼まれたポルフィラ宛ての手紙を書いていた。ミレアは隣に座り、村の様子を伝えている。


「俺たちのことも書いて」

ガルが言うと、ミレアが顔を上げた。


「何て伝えようか」


「稽古を始めたって。でも、まだ前線には行けない。勝手に行く気もないって」


トーマが隣で笑いかけ、すぐ真顔になった。

「俺は、荷を運んでる。それだけでもいいかな」


「ちゃんと仕事をしているんだろう」

ドランが答えた。

「それを書けばいい」


リナが、二人の話を書き足した。

「私も、会いたいって書いていい?」


ミレアはうなずいた。

「もちろん。きっと喜ぶわ」


手紙は、明日町へ行くトーマが、クラウスの家臣へ届けることになった。


*


ヴェルディアでは、クラウスが夜番の名簿を見ていた。

印をつけられた兵は、朝の交代時刻になっても戻らなかった。

「この男もか。先の戦いでは、最後まで持ち場に残っていた」


守備隊長はうなずいた。

王軍へ入るという書き置きが、兵舎に残されていた。


エミールが名簿を覗き込んだ。

「援軍に出すはずだった隊です。予定どおり出せば、こちらの見張りが足りません」


クラウスは机から手を離した。

王へ向かう兵が増えているため、自分たちは援軍さえ出しづらくなっている。

「出発は待たせろ。避難所と街道の見張りを先に埋める。ロデリクにも、予定を変えると知らせてくれ」


*


オランデルでは、レオノーラの前へ、工房の主人たちから届いた文が置かれた。

王領との商いを再開するため、王に従ってほしいという訴えだった。

そのうちの一人は、すでに息子たちを連れて王都へ出たという。


「この人は、避難してきた者へ仕事を出してくれていたわ」

レオノーラは署名を見つめた。

竜の民を受け入れた者でさえ、暮らしが苦しくなれば王の側へ向かう。


「残っている者と話す場を設けますか」

オランデル家の家宰が尋ねた。


「ええ。仕事を失ったという訴えを聞きたい。王領へ売れなくなった品も調べて。領内や、ほかの領へ売れる物がないか確かめましょう」

文を置こうとして、左肩が痛んだ。

彼女は右手で支え、ゆっくり机へ戻した。


*


インディルのテオバルトは、家宰マティアスから報告を受けていた。

兵だけでなく、村の天馬の民も王都へ向かい始めている。


「兵が減れば、残った者に負担がかかる」

テオバルトは椅子の肘掛けを押さえた。

「コンラートに、部隊ごとの人数を調べさせる。無理な見張りを組ませるな」


マティアスはうなずき、もう一つの訴えを伝えた。

「出ていった兵の親族だという理由で、残った兵が疑われています」


テオバルトが顔を上げた。

「その者まで追い出す気か。残った兵を、家族の行き先だけで責めさせるな」


マティアスは、その命令も隊長たちへ伝えると答えた。

娘を敵だと考える者が、仕える領地からも王都へ向かう。

苦い思いを、報告する間だけは顔に出すまいとしていた。


*


アウレリスでは、アドリアンが、王都へ去った家臣の部屋に立っていた。

戸棚は開き、身の回りの品だけがなくなっている。


「フェリクス様にお仕えすると、家の者へ伝えていたそうです」

残った家臣が言った。


アドリアンは窓辺へ進んだ。

父の命令を取り消せば、従ってもらえるわけではなかった。自分を領主と認めず、弟のもとへ行く者がいる。

「この者が預かっていた鍵とその場所の中を確かめてくれ」


「出ていった者の家族は、どういたしましょう」


アドリアンは振り返った。

「家族を捕らえる命令は取り消した。同じことを、私が始めるつもりはない」


*


中立を守るヴィオレスタにも、王の募兵に応じる者が現れていた。

リュシエンヌは、街道沿いの町から届いた報告を読み返した。

王軍へ行くという男たちが、竜の民の村へ食料を出せと迫ったという。


「私の許可なく、勝手に領内で取り立てを始めたのね」


家臣が、彼女の返事を待っていた。


リュシエンヌは文を畳んだ。

「村へ兵を送って。渡せと脅している者がいれば止めなさい。王へ従うと言えば、私の領民から何を奪ってもよいわけではない」

王軍へ加わることと、領内で物を奪うことは別だと、町にも知らせるよう命じた。

その命令を王がどう受け取るかは、まだ分からなかった。


*


アズレインへは、各地の離脱を知らせる文が届き始めていた。

ロデリクは、クラウスが援軍の出発を遅らせるという文を、ポルフィラへ見せた。


彼女は読み終え、机へ戻した。

「王の兵が増えるだけじゃないんですね。こちらの兵も、減ってしまう」


「ああ。しかも、抜けた兵は領内を熟知している。今までと同じ見張りでは危ない」

ロデリクは家臣に、守備隊長を呼ぶよう命じた。


ポルフィラも立ち上がる。

「私も、道を見に行きます。どこを確かめればいいか、隊長さんと話させてください」

味方だった兵が、その道を通って戻ってくるかもしれない。

今度は、自分たちへ武器を向けて。


「一緒に話そう」

ロデリクは答え、卓上の地図を広げた。


*


王都の軍の工房では、村から連れてこられた鍛冶屋が、作業台の前に立っていた。

天馬の民の監督役が、見本の矢尻を置く。

「これと同じ形で作れ。弓を改める間に、矢も揃える」


隣の建物では、集められた弓職人が軍の弓を調べていた。

使える木材を選び、引く力や矢との釣り合いを確かめている。数を揃えるには時間がかかると告げる声に、軍の役人が納められる数を問い直していた。


鍛冶屋は矢尻を手に取った。


監督役が戸口の兵へ何か伝えた。

「試射には、鎧を着せた人形を用意しろ。竜の背にいる娘を射抜けるか、確かめるそうだ」


鍛冶屋の指が止まった。

竜に乗る娘の噂は、村にいたときにも聞いた。

竜の民を、人間として扱えと言っている娘だ。


「手を動かせ」


叱責され、男は矢尻を台へ戻した。

炉の前へ座る。

槌を取ろうとした手が震え、柄を一度つかみ損ねた。


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