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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第186話 王の呼び声

王領の関所で、鍋や釘、農具を取り上げられた商人は、荷を返してもらうために王都へ来ていた。

役所へ訴えても、王命だと繰り返されるだけだった。工房へ品代は払ってある。商品が戻らなければ、次の仕入れもできない。


城から新しい知らせが出ると聞き、商人は広場へ向かった。

周りには天馬の民が集まっていた。荷の運び出しを止められた商人だけではない。仕事を失った荷運びの男や、売り先を失った工房の職人もいた。


台の上に立った王の役人が、文を広げた。

左右には王兵が控えている。

「アズレイン、ヴェルディア、オランデル、インディルの四家は、王命に背き、竜の民を従来の務めから離れさせた。さらに、アウレリスのアドリアンは竜と手を組み、父の領地を奪った」


商人は顔を上げた。

役人は続けて、四家とアドリアンへの商品持ち出しを禁じた命令について読み上げた。

「反逆者へ物資を渡さぬため、陛下は取引を制限された。商いが滞り、暮らしに不自由が生じているのは、彼らが王命に従わぬためである」


荷を取り上げたのは王の兵だった。

それを、四家のせいだと言う。商人は帽子を握り締めた。


「領主ユリウスは竜に焼き殺され、王弟セヴェラン殿下は竜の民に殺された。反逆者を放置すれば、国の秩序は失われる。陛下は、国を守る意思を持つ天馬の民を募られる」


前にいた若い男が、隣の男へ顔を寄せた。

「兵を集めるのか」


「軍に加わる者は、城下の受付へ申し出よ。すでに兵役を経験した者は、その旨を伝えること。陛下の呼びかけは、すべての領地の天馬の民へ届けられる」

役人が文を下ろすと、広場がざわめいた。


「こっちは、その王の命令で荷を取られたんだぞ」

商人の声だった。


近くの男が振り向いた。

「四家が逆らわなければ、止める必要もなかっただろう」


「私の荷は関係ない。鍋と農具だ」


「それを買って、あいつらは戦いを続けるんだろうが」


商人は言い返しかけたが、周りに向けられた目に気づいた。

自分にうなずく者もいる。しかし、王を非難したことを咎めるように見る者の方が、すぐ近くには多かった。


「竜の民まで、好き勝手に暮らせると思い始めた」

年配の男が言った。

「子供のころに習ったとおりだ。従わせておかなければ、また人を殺す」


「王弟殿下まで殺されたんだからな」

別の声が重なった。


商人は握っていた帽子へ目を落とした。荷を取り返してほしかっただけなのに、ここではそれさえ言いづらくなっていた。


人垣の後ろで、荷運びの仕事をしていた天馬の民の男が、受付の場所を尋ねた。

一緒に来た仲間が袖をつかむ。

「おまえ、行くのか」


「仕事はない。家には食わせる者がいる」

男は一度、城の方を見た。

「王領から荷を出せなくなって、俺の仕事もなくなった。四家が王に頭を下げれば、その命令も取り消されるんだろう」

仲間の手を外し、歩き出した。


広場の脇では、兵が志願者の名を書き始めていた。


*


王の呼びかけは、街道で読み上げられ、写しを持った商人たちによってほかの領地へも運ばれていった。


その知らせがアズレインへ届いたころ、町の役所へ、干した魚を積んだ荷車が入った。

荷を運んできたのは、川下の村で漁を営む竜の民だった。中年の女と、その弟が荷台の籠を下ろす。

「兵や、逃げてきた人に食べてもらいたいんです」

女が役所の天馬の民の係へ告げた。


ロデリクから村へ届いた知らせには、食料や物資を買い入れるとあった。納める量も、届ける日も指定されていなかった。

係は魚を確かめ、女へ値を伝えた。

驚いた女は弟を見た。

「お金を、もらっていいんですか?」


「買い入れる品ですから。よければ、この値で引き取ります」


弟が荷車へ戻り、残った籠へ手を掛けた。

「だったら、これも」


姉はその腕を押さえた。

それは家へ残すつもりの分だった。

持っていけば役に立つ。それでも、次の漁で同じだけ獲れるとは限らない。


係が二人の返事を待っていた。

女は下ろした籠を指した。

「今日は、こちらだけでお願いします。車の分は持ち帰ります」

言い終えたあと、相手の顔を窺った。

係はうなずき、帳面に受け取る数を書いた。これまでのように、残りも置いていけとは言わなかった。

支払われた金を、女は両手で受け取った。

弟が横から覗き込む。

「網を直せるな」


「まず、糸を買おう。持っている分じゃ足りない」


二人は金をしまい、空いた籠を車へ戻した。

帰りに寄りたい店を話す声が、門の外まで続いていた。


*


同じころ、ポルフィラはロデリクと城の倉を見ていた。

アウレリスへ残した兵のために、食料と薬を送る準備が進んでいる。

アズレイン家の物資を担当する家臣が、届いた品の帳面を差し出した。

「村からの申し出が増えております。代金はいらないと言う者もおりますが、どう扱いましょうか」


ロデリクは帳面から顔を上げた。

「まず、売り物として受け取ると伝えてくれ。必要な品には代金を払う」


「殿のお力になりたいと申しております」

家臣に悪気はないのだろう。


けれど、ポルフィラは思わず口を挟んだ。

「助けたい気持ちは、本当だと思います。でも、お金を受け取ったら恩知らずだと思われるのが怖い人も、いるんじゃないでしょうか」


家臣が彼女を見た。

ロデリクもしばらく黙り、村から来たという荷へ目を向けた。

「支えてくれる気持ちは、ありがたい。だが、私たちは金を受け取って品を買い、暮らしている。あの者たちにも、それが必要だ」


家臣は帳面を開き直した。

「では、無償で受け取る前に、もう一度話をいたします」


ロデリクはうなずいた。

「こちらが必要とするだけ、出してくれると思ってはいけない。買えなかった分は、別の相手を探す」

村の人が断っても、罰はない。

自分で残す分を決め、売った代金を何に使うかも決められる。

ポルフィラは積まれた袋を見つめた。今まで村から出ていった品と同じでも、作った人の暮らしは変わっていくのだ。


そこへ、アズレインの守備隊の兵が駆け込んできた。

倉の戸口で敬礼し、ロデリクへ声を落とす。

「王都へ向かう者たちが、町の西門に集まっております。王の軍へ入ると」


家臣の手が、帳面の上で止まった。


*


ロデリクが西門の詰所へ着いたとき、町人の一団はすでに門の外へ出ていた。

皆、天馬の民だった。背に荷を負う者、家族と別れている者がいる。

町の守備隊で働いていた兵も、二人いた。

町人の中には、船の修理をする工房で働いていた男がいた。王領から買う釘や金具が届かなくなり、工房を休まされていた。

二人はロデリクの前へ出ると、剣と隊から支給された装備を下ろした。

「王の軍へ参ります」

年上の兵が言った。


ロデリクは地面に置かれた剣を見た。

「なぜだ」


「竜の民を守るために、王兵と戦うことには従えません」


後ろにいたポルフィラの足が止まった。

兵は彼女に気づいたが、目を逸らさなかった。


「王兵に襲われ、逃げてきた人々を、おまえも門で迎えただろう」

ロデリクの声が低くなる。

「あの者たちを、元の場所へ追い返せと言うのか」


「殿が王に逆らわれたからです。竜の民を元へ戻せば、戦う必要はありません」


隣の若い兵が、落ち着かない様子で町の方を見た。

その先には、見送りに来た女が立っていた。

若い兵は視線を戻し、年上の兵の隣へ並び直した。


「王領から品が来なくなって、町でも仕事を失う者が出ています。それでも、竜の民を自由にする方が大事なのですか」


ロデリクはすぐには答えなかった。

ポルフィラには、兵の声が耳に残った。

自分たちが自由に暮らすことを、この男は争いの原因だと思っている。


「竜の民が、何をしたというんですか」

声が出ていた。

兵が彼女を見た。

「生まれた村で働いて、家族と暮らしていた人たちです。私たちが従えばいいと、なぜあなたが決めるんですか」


「竜に乗って領主を焼いた者が、それを言うのか」


息が詰まった。

ユリウスが焼かれた橋が浮かぶ。否定できない。

だが、あの建物に閉じ込められていた人々まで、あの兵の言葉で責められていいはずはなかった。

「私がしたことです。村の人たちが、あなたに何かしたわけではありません」


兵の口元が引き結ばれた。

ロデリクが二人の間へ入る。

「装備は預かる。だが、おまえたちは任務の途中だ。今日この場で兵を辞め、好きに出立してよいとは認めない。隊長を呼ぶ」


年上の兵が何か言おうとした。


ロデリクは、その顔を見据えた。

「兵役を辞める手続きを確かめる。ここで騒ぎを起こすな」


二人を詰所へ入らせると、門外から馬のいななきが聞こえた。

町人たちの荷車が動き始めていた。兵役に就いていない彼らを止める命令は、出されていなかった。


「殿、あの者たちも」

家臣が尋ねた。


ロデリクは首を振った。

「王都へ行くというだけで、町人を捕らえることはしない。だが、人数と行き先は確かめておけ」


車輪が乾いた道を進んでいく。

ポルフィラはその列を見送った。

自分たちを憎む者が、遠い王都から攻めてくる。

そう思っていた。

今、町を出ていく人々も、王の兵になるかもしれない。


ロデリクが家臣を呼んだ。

「三家とアドリアンへ知らせを出す。王は、私たちの領民からも兵を集めようとしている」


門外の列から、一人の男が振り返った。

ポルフィラと目が合うと、男は顔を背け、王都へ向かう道を歩いていった。

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