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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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183/224

第183話 開いた門の向こう

町の西の関所で、横木が外された。

納付倉から来たアズレイン軍の隊長は、部下を門前に止め、アウレリス側の家臣へ声をかけた。

「御者を出してくれ」


脇の建物の戸が開く。

連れ出された男を見て、粉屋が駆け寄りかけた。隊長が手で待たせる。

男の足取りは頼りなかったが、自分で歩いていた。

「縄を外せ」

アウレリスの家臣が命じた。


御者の両手が離れ、ようやく粉屋が前へ出た。

「すまなかった。俺が頼んだせいで……」


男は首を振り、擦れた手首を胸へ寄せた。

関所の兵が動くたびに、怯えた目がそちらへ向く。

隊長は二人を自分の部下のそばへ移し、建物の裏へ回った。

押収された馬と荷車が置かれていた。麦の袋も残っている。

数を確かめ、御者へ馬を見せる。

男は馬の鼻先へ手を触れ、初めて長く息を吐いた。


*


城では、持ち出す荷の確認が終わろうとしていた。

ロデリクの了承を得たアズレイン兵が引き渡しに立ち会い、アドリアンとともに備蓄の倉へ入る。

穀物の袋が壁沿いに積まれ、帳面が机に残されていた。

「鍵は、これですべてか?」

アドリアンが尋ねた。


城の倉を預かる役人が、震える手で鍵の束を置いた。

「はい。ほかの保管場所も、こちらに」

役人が指した頁へ、隊長の部下が印をつける。

御者の解放と関所の開放は、先に確認されていた。城の兵を門から下げ、備蓄と記録を渡す。

全て確認してから、フェリクスを出立させる手順だった。


中庭へ戻ると、弟はすでに馬車へ乗っていた。

従う家臣と身の回りの荷を積んだ車が、後ろに続く。

フェリクスは窓から顔を出した。

「本当に、追ってこないんだろうな?」


「約束したとおりだ」

アドリアンが答えた。


弟の手には、安全を保証した文が握られていた。王都へ向かう間、兵に襲わせず、竜にも追わせない。

「父上のことを、王に話す」

フェリクスが言った。

「兄上が、竜を連れてきたことも」


アドリアンの喉が動いた。

「私は、ここで何があったかを伝える」


フェリクスは顔を引っ込めた。

御者へ出せと命じる声がして、馬車が動き出す。


城から離れた草地で、ポルフィラはその列を見送った。

オブシディオンは伏せたまま、首だけを動かした。

馬車の窓の奥に顔が見え、すぐに引っ込む。彼女は立ったまま、後ろの車が通り過ぎるまで待った。


*


フェリクスが去ったあと、アドリアンは城に残った弟の家臣たちを集めた。

頭を下げる者も、彼の後ろのアズレイン兵を見ている者もいた。

「逃げた者の家族を捕らえる命令は、取り消す。ほかにも拘束されている人がいるなら、場所と名を出せ」


返事がなかった。

アドリアンは一人ずつ顔を見た。

一人の家臣が、ようやくうなずいた。

アドリアンは机の帳面を開く。

「町へ出す麦も確認する。村の食べる分と種を残した上で、運べる量を出してほしい。荷を運ぶ者を捕らえた関所の扱いも、調べる」


*


王都でエナを迎えに来た兵は、戸の前でしばらく待った。

彼女が立ち上がれなかったからだった。


足へ力を入れる。

膝が震え、壁から手を離すと体が傾いた。

兵の一人が腕を支えた。

「歩けるか」


エナはうなずこうとして、息を吸った。

うまく空気が入らなかった。

それでも、戸口まで一歩を踏み出した。


外は明るかった。

廊下の先に見えた空を、目を細めて見上げる。

仕事へ行く朝にも、こんなふうに日が差していた。抱いた娘の重みを思い出し、口元がゆがんだ。


連れられていく先に、人が集まっていた。

王弟を殺した女だと、誰かが言う。

エナは顔を上げなかった。

自分の足元と、両脇を歩く兵の靴だけを見ていた。


刑場の柵の向こうに、洗濯場の若い男がいた。

同じ村から生き残った男だった。

目が合ったかどうかは分からない。彼は何か言おうとし、口を閉じた。

エナも、言葉がでなかった。


役人が、罪を読み上げる。

王弟セヴェランを殺し、アルディスの命も失わせたこと。

言葉が続く間、エナは夫と娘の名を口の中でひたすら繰り返した。


膝をつくよう命じられた。

体を下ろすと、震えが全身に広がった。

震える指で土を掴もうとするが、うまく掴めない…

息が速くなり、頬を涙が伝った。


「……怖い………!」

声になったのは、それだけだった。

夫が来るわけでも、娘が手を伸ばすわけでもない。

エナは目を閉じた。


剣が振り下ろされる直前、若い男は顔を伏せた。

握りしめていた柵が、手の中で軋んだ。


*


洗濯場へ戻ると、足を傷めた年配の女が待っていた。

男の顔を見ると、何も尋ねなかった。

座っていた椅子の脇へ手を伸ばし、そこにあった布を握る。


男はそばへしゃがんだ。

「………終わった」


女がうなずく。

涙が落ちても、拭こうとしなかった。

二人の向こうで、洗った布が風に揺れている。エナがいつも使っていた場所にも、次の仕事が置かれていた。


*


アウレリスの町では、麦を載せた荷車が関所を通った。


粉屋の前で袋が下ろされると、待っていた職人たちが集まった。

パン屋も来ていた。袋の数を見て、粉屋へ顔を向ける。

「明日は、どれだけ出せる?」


「分からん。出来る限り挽く。今夜、取りに来てくれ」


男たちは荷を運び入れた。

臼の動く音が、開いた戸から通りへ漏れ始める。


城の前で町の役人と話していたアドリアンのもとへ、その報告が届いた。

まだ種を返されていない家がある。捕らえられた家族の名も、記されてあった。


*


エナの処刑を知らせる文がポルフィラのもとへ届いたのは、それから数日後だった。

王都から知らせを受けたロデリクが、彼女へ伝えてきた。


処刑された……

短い言葉を読み終えても、文を閉じられなかった。


遠くで荷車が通る。

町へ麦を運ぶ道は、開放された。

ここでは人が助けられた。でもその助けはエナまで届かなかった。


ポルフィラは文を膝へ置いた。

何度も思い直して欲しいと、その顔を思い浮かべた。

また会って話ができたらと願っていた…

彼女は口元を手で覆い、肩を丸めた。

泣き声が漏れると、オブシディオンが静かに頭を寄せた。




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