第18話 残された理由
トーマの家を訪ねてから三日後、ポルフィラはシオンとセラの前へ、石板の写しを並べた。二人の母親も一緒に来ていた。
二人と会うまでにポルフィラは、続きを少しずつ調べていた。教科書で見つけた字は、どの頁にあるかを書き留めてある。今日は二人にも確かめてもらいたかった。
ポルフィラが写しを示した。
「平和を築いた、のあと。ここから読んでみよう」
セラは、ポルフィラが探しておいた教科書の頁を開いた。シオンも写しを見比べる。知らなかった字の読みを確かめると、ポルフィラは声にした。
「だが、セレフィアは殺された」
ポルフィラは声を止めた。自分が読んだ言葉を、すぐには信じたくなかった。平和を築いた人だと思って、名前を覚えたばかりなのに。
セラは写しを見つめた。
「平和にした人が、殺されたの?」
ポルフィラは答えられなかった。シオンも、開いていた教科書を引き寄せ、さっき確かめた字をもう一度見た。
「……読み方は、合ってると思う」
ミレアがそばへ来た。
「セレフィアが、殺されたと書いてあるのね」
ポルフィラは小さくうなずいた。
「どうして。二つの民が仲よく暮らせるようにした人でしょう?」
ミレアは娘の隣へ座った。すぐに答えを返すことはできなかった。
セラが顔を上げた。
「誰が殺したの?」
ポルフィラは次の行へ指を動かしたが、字を読むのに少し時間がかかった。
「……続きに、書いてあるかな」
シオンが写しを二人の方へ寄せた。誰も先ほどのようには声が弾まなかった。三人は肩を寄せ、続きを見た。
その先には、もう一度エルディオの名前があった。「村」や「家族」は教科書で覚えた字だった。三人で言葉を確かめ、つなげて読んでいく。
シオンが一文を読んだ。
「エルディオは、村と家族を守るため、人々の前から姿を消した」
シオンが読み終えると、ポルフィラは言った。
「村って、ここでしょう。ここも、誰かに襲われそうになったの?」
村で生まれた人の話が、平和の話から殺害へと変わり、今度は自分たちの村を守るという言葉が出てきた。
「何があったのかは、まだ分からないよ」
セラが木片へ指を置いた。
「エルディオは、家族を守るためにいなくなったんだね。どこへ行ったんだろう」
ポルフィラはミレアへ顔をむけた。父や母が、何も言わずにいなくなったら。そう思うと、胸が苦しくなった。
「家族も一緒に行けたのかな」
シオンは次の行を見たが、首を振った。
「まだ分からない。誰が殺したのかも、今のところには書いてない」
シオンの母親が息子のそばへ来た。
「少し休む?」
少年は顔を上げ、それから二人を見た。ポルフィラは写しから手を離さなかった。
「もう少し、読みたい。どうなったのか、知りたいの」
ミレアは娘の顔を見て、うなずいた。ポルフィラは最後の写しを手元へ寄せた。
*
最後の二文には、読める言葉が多かった。「聞いた」「残す」「伝える」。三人は教科書で読み方を確かめながら、終わりまでたどった。
セラが、読み方が分かった文を読んだ。
「私は、エルディオから聞いたことをここに残す」
ポルフィラが顔を上げた。
「書いた人は、エルディオから話を聞いたんだ」
シオンはうなずいた。
「エルディオ自身が書いたんじゃなかったんだね」
ポルフィラは、トーマの問いを思い出した。今度は、その答えを伝えられる。けれど、話を聞いた人の名前は、今の文にはなかった。
三人でもう一度確かめてから、ポルフィラは最後の一文を読んだ。
「二人が築いた平和と、エルディオが大切な者たちを守ろうとしたことを、後の者に伝えるために」
セラは、食卓に残った写しを見た。
「もう、続きはないの?」
ポルフィラは包みの中も確かめた。空だった。
「父さんは、最後まで写したって言ってた……」
セラは口を閉じた。続きを読めば、誰が殺したのか、どこへ行ったのかも分かると思っていた。けれど、文字はここで終わっていた。
セラの母親が、食卓の端へ寄せてあった写しを見た。
「誰が書いたか、名前はなかったのね」
セラが答えた。
「うん。エルディオから聞いたことを残す、としか書いてないの」
ポルフィラは最後の言葉を見た。
「後の者って、ずっとあとに生まれた人のこと?」
ミレアがうなずいた。
「そうね。自分たちがいなくなっても、この話を伝えたかったのでしょう」
ポルフィラは、最初の写しを隣へ置いた。この村で生まれたエルディオのことを、同じ村に暮らす自分たちが読んでいる。何も分からずに地下へ下りたあの日から、ここまで読めるようになった。
けれど、二人の名が分かったときのようには喜べなかった。平和を築いたセレフィアは殺され、エルディオは姿を消した。どちらのことも、もっと知りたかったが、石板の文はここで終わっていた。
*
夕方、ドランが家へ戻ると、友達と母親たちはもう帰っていた。ポルフィラは食事の支度を手伝い、椀を並べていた。
父が手を洗うのを待ってから、娘は言った。
「父さん。セレフィアは、殺されたって」
ドランの手が、拭いていた布の上で止まった。
「……そう書いてあったのか」
ポルフィラはうなずいた。
「続きも、最後まで調べたよ」
セレフィアが殺されたこと。エルディオが村と家族を守るため姿を消したこと。記録を書いた人は、エルディオから話を聞いていたこと。娘が話し終えるまで、ドランは口を挟まなかった。
「この村を守るために、姿を消したのか」
ポルフィラは父を見た。
「いなくならないと、守れなかったのかな」
ドランは返事をしかけ、口を閉じた。村の誰かを連れていかれても、自分たちには取り戻す力がない。大切な者を守りたくても、できることは限られている。
「そうしなければならん事情があったのかもしれん。だが、今の話だけでは分からん」
ポルフィラは写しへ目を落とした。父も知らないのだと分かった。
ミレアが夫へ言った。
「書いた人の名前もなかったわ。エルディオから聞いた話だということだけ」
ドランはうなずいた。
「分かった。村長には俺から伝える。他の親にも、今日読めたことを知らせよう」
ポルフィラは父へ言った。
「父さん。誰が殺したのかも、家族がどうなったのかも、知りたい」
ドランは娘の顔を見た。
「ああ。続きを読めば、分かると思っていたんだな」
ポルフィラはうなずいた。
「でも、もう終わりだった」
ドランは写しへ目を向けた。娘に読んでもらった文章の先を、自分も知りたかった。
「俺も気になる。だが、今日読めた話だけでは、そこまでは分からんな」
ポルフィラは返事をせず、最後の写しを見つめた。
父たちが持ち帰ってくれた文字は、これで終わりまで調べた。まだ読み違いがあるかもしれず、欠けたところも残っている。それでも、何を伝えようとした記録なのかは、前より分かっていた。
ポルフィラは写しを片付ける前に、二人の名前を見た。
セレフィアは、なぜ殺されなければならなかったのだろう。エルディオが守ろうとした家族は、そのあと無事だったのだろうか。
教科書には二人の名前が見当たらず、石板にも、もう続きはない。




