第17話 聞かせたいこと
翌日の夕方、ドランはトーマの家を訪ねた。父親は仕事から戻ったところで、母親は妹の食事を用意していた。トーマも家にいたが、ドランは先に両親へ話したいと伝えた。
父親は息子へ言った。
「少し、母さんの手伝いをしていてくれ」
トーマが台所へ行くと、ドランは声を落とし、ポルフィラ達が新しい文を読めたことを伝えた。
父親は黙って聞き、台所の方へ目を向けた。
「それを、うちの子にも聞かせたいのか」
ドランはうなずいた。
「あの子たちも一緒に石板を見つけた。娘は、何が読めたか知らせたいと言ってる。だが、俺からよいとは言えんからな」
トーマの母親は、妹の前へ椀を置いて戻ってきた。
「本を持ってくるの?」
ドランは首を振った。
「いや。今読めたことを、娘から話すだけだ。本も写しも持たせん」
父親は妻を見た。母親は少し考えてから答えた。
「私は、聞くことまでは止めなくてもいいと思う。ただ、また字を調べに行っていいと言われたと思わないように、話しておきたい」
父親はうなずき、トーマを呼んだ。
「ポルフィラたちが石板を少し読めたそうだ。明日、ここへ来て話してもらおうと思う。父さんか母さんも、一緒に聞く」
トーマはドランを見た。
「何か読めたんですか」
ドランが答えた。
「ああ。明日ポルフィラに聞いてくれ」
トーマの顔が明るくなった。父親は息子へ続けた。
「だが、話を聞いていいからといって、また本を読んでいいということじゃないぞ」
トーマは父親へ向き直った。
「うん。家で聞くだけにする」
母親が息子に言った。
「外で誰かに話すのも駄目よ。本を読んでいると知られたら、ポルフィラたちも危ないのだから」
トーマはうなずいた。ドランは、その様子を見てから言った。
「ありがとう。娘にも、決まったことを話しておく」
*
その夜、ドランはほかの二軒にも読めた内容を伝えた。リナの母親は、自分から娘に話すと答えた。ガルの父親は妻と相談する時間がほしいと言った。ドランは返事を急がせず、家へ戻った。
ポルフィラは父の話を聞き、翌日はトーマの家へ、本も木片も持っていかずに出かけた。ミレアが一緒だった。
トーマは母親と待っていた。食卓を片づけると、ポルフィラが座る場所を空けた。妹は母のそばで、小さな布を膝へ広げていた。
トーマが尋ねた。
「二人目の名前が分かったんだって?」
ポルフィラはうなずいた。
「セレフィアっていう人。エルディオと一緒に、二つの民の平和を築いたって書いてあったの」
トーマは名前を小さく繰り返した。
「セレフィア。石の絵にいた、もう一人かな」
ポルフィラは答えた。
「そうかもしれないって、皆で話した。でも、まだ分からないよ」
トーマは少し考えた。
「エルディオは、この村で生まれたんだよな」
ポルフィラがうなずいた。
「うん。名前のあとを読んだら、そう書いてあった」
トーマは母親を見た。
「昔は、ここの人も天馬の民と一緒に暮らせたのかな」
母親は首をかしげた。
「そこまでは、まだ分からないでしょう。平和だったとしても、どんな暮らしだったかまではね」
トーマはポルフィラへ顔を戻した。
「そうか。畑とか、家とかも、どうしてたんだろう」
ポルフィラにも答えは分からなかった。自分も、今の村で働く人たちを思い浮かべて、平和だったころの暮らしを考えていた。
トーマが言った。
「名前、忘れないようにしたいな」
ポルフィラはもう一度、ゆっくり言った。
「エルディオと、セレフィア」
トーマも繰り返した。それから、ポルフィラへ尋ねた。
「書いたのは、エルディオなのかな」
ポルフィラは首を振った。
「そこは、まだ読めてないの」
トーマは石板を見つけたときのことを思い出すように、少し黙った。
「自分の話を書いたのか、ほかの人が書いたのかでも、違うよな」
ポルフィラは顔を上げた。
「シオンも、書いた人はどうして知ってたんだろうって言ってた」
ミレアが二人へ言った。
「読めたところだけでは、その人が誰なのかまでは分からないのね」
ポルフィラは自分がまだ確かめていないことがあることに気づく。続きを読むときには、誰が書いたのか分かる言葉も探してみたかった。
*
帰るころ、トーマは戸口まで見送りに来た。
「話しに来てくれて、ありがとう」
ポルフィラは笑った。
「私も、話せてうれしかった。また何か読めたら、父さんからトーマのお父さんとお母さんに、教えてもいいか聞いてもらうね」
トーマはうなずいた。外へ出たポルフィラの隣へ、ミレアが並ぶ。少年は戸の内側から手を振った。
帰り道、ポルフィラが母へ尋ねた。
「リナには、もう話してもいいの?」
ミレアが答えた。
「お母さんから話すことになっているでしょう。あなたから話すのは、また確かめてからね」
ポルフィラはうなずいた。ガルの家の返事も、まだだった。三人とも一緒に聞けたらよかったが、今日トーマと話せたことはうれしかった。
家へ戻ると、ドランが鍛冶場から顔を出した。
「話せたか」
「うん。トーマも、誰が石に書いたのか気になってた」
「そのことは、まだ分からんのだな」
ポルフィラが答えた。
「うん。次にシオンとセラが来られたら、三人で続きを調べたい」
ミレアが戸を開けた。ポルフィラは父と母のあとから家へ入り、写しをしまった場所を見た。
エルディオとセレフィアのことを、誰が後の人に伝えようとしたのだろう。その人は、二人とどんなふうに関わっていたのだろう。
次に読むときは、二人に何があったのかだけでなく、書き残した人のことも知りたかった。




