第16話 二つ目の名前
父が写しを持ち帰ってから二日後、シオンとセラが母親たちと一緒に来た。ミレアは三人を食卓へ座らせ、ポルフィラは最初の木片を二人の前へ置いた。
シオンは裏の切り込みを見た。
「父さんが、順番を間違えないようにしたって言ってた」
ポルフィラはうなずいた。
「欠けてるところは、空けてあるんだって。写し間違いもあるかもしれないから、前のと比べてみよう」
自分たちの木片を並べ、すでに読めたところを確かめる。エルディオの名前と、この村で生まれたと読める部分は同じだった。そこから先は、父たちが初めて持ち帰った文字になる。
ポルフィラが少し先を指した。
「ここ、もうひとつ名前があると思うの」
セラが身を寄せた。
「読んでみた?」
ポルフィラは指を添え、一字ずつ声にした。
「セ、レ、フィ、ア……セレフィア、かな」
シオンも写しを見た。
「そのあとが、『とともに』だね」
三人は、そこから続きを調べた。知らない字は教科書で探す。読み方を見つけても、前後を読んで意味が通るか、確かめた。
やがてセラが、開いた教科書を少し前へ押した。
「ここの言葉、石板にもあるよ。『平和を築いた』」
ポルフィラは教科書と木片を比べた。古い教科書で、二つの民が協力したと書かれているところだった。
ポルフィラは、初めから読み直した。
「セレフィアとともに、二つの民の平和を築いた」
セラが名前へ指を戻した。
「エルディオと、セレフィアが?」
シオンは前の行も見た。
「ここまではエルディオのことだから、そうだと思う」
ミレアがそばへ来た。
「二人で、何をしたと書いてあったの?」
ポルフィラは顔を上げた。
「二つの民が平和に暮らせるようにした、ってことだと思う。エルディオと、セレフィアという人が」
セラの母親も、木片へ目を向けた。
「もう一人の名前が分かったのね」
ポルフィラはうなずいた。地下で見た絵には、二人の人が並んでいた。あの絵も、この二人なのだろうか。ポルフィラは自分の絵の写しを出し、文字のそばへ置いた。
「ここに描かれてた人たちかな」
シオンが絵を見た。
「そうかもしれない。でも、絵のどっちが誰かは、分からないね」
二人の手は、中央で触れ合っているように見えた。
セラは教科書へ目を戻した。
「古い方には、二つの民が協力したって書いてある。この二人がいたころの話なのかな」
ポルフィラは、新しい教科書も開いた。同じ争いを扱うところに、二人の名前はない。争いの前に平和だったという話もなかった。
ポルフィラが言った。
「この村で生まれた人も、平和にするために働いたんだね」
セラは石板の写しを見た。
「石には、そう書いてあるね」
シオンが教科書を閉じずに言った。
「これを書いた人は、どうして知ってたんだろう」
教科書にはなかった名前が、二つ読めた。けれど、石に書いてあるから本当だと、すぐに決めてよいのだろうか。字を覚えるだけでは分からないことが、また増えていた。
*
昼の仕事を終えたドランが家へ戻ると、三人はまだ写しを調べていた。ポルフィラが顔を上げ、父を呼ぶ。
「父さん。もうひとつ、名前が読めたよ」
ドランは手を洗い、娘のそばへ来た。ポルフィラが読んだ一文を聞くと、木片へ目を落とす。
「セレフィアというのか」
シオンが答えた。
「はい。エルディオと一緒に、二つの民の平和を築いたと書いてあるようです」
ドランは二つの教科書を見た。
「その名前も、本にはないのか」
セラがうなずいた。
「今まで読んだところには、ありません」
シオンの母親が息子へ尋ねた。
「そのあとの文も、読めたの?」
シオンが答えた。
「まだ。知らない字が多くて、何が書いてあるか分らないんだ」
「今日は、ここまで読めたよ」
ポルフィラは「平和を築いた」の終わりを指した。その先にも文字は並んでいたが、まだ読めない字が多く、文の意味は分からなかった。
ミレアが食事の支度を始めると、セラの母親は娘の肩へ手を添えた。
「今日は、ここまでにしましょう」
ポルフィラは二人を戸口まで送った。外へ出る前に、セラが小さく言った。
「次は、そのあとの文だね」
ポルフィラもうなずいた。
「今日のところも、もう一度確かめておく」
友達と母親たちが道へ出てから、ポルフィラは戸を閉めた。まだ一緒に読めない三人にも、二つ目の名前を教えたかった。
*
片づけを終えたミレアが、夫へ尋ねた。
「写しには、まだ続きがあるのね」
ドランはうなずいた。
「ああ。今日読めたところのあとにも、ずっと字があった」
「この村で生まれた人が、二つの民のために働いた。あの子が知りたかったのは、こういうことなのね」
ドランはうなずいた。
「シオンも、家で父親に話すだろうな。写す手伝いをしてくれたんだ。何が読めたか、あいつも知りたいだろう」
食卓の端にいたポルフィラが顔を上げた。
「父さん。ガルとトーマとリナにも、今日読めたことを教えたいの。この村で生まれたエルディオが、セレフィアと一緒に平和を築いたって。三人のお父さんやお母さんに、話してもいいか聞いてもらえないかな」
ドランは娘を見た。
「分かった。俺から親に話そう。だが、本を読ませないと言っている家もある。聞かせてよいかは、それぞれの家で決めてもらう。返事があるまでは、おまえから話さないでくれ」
ポルフィラはうなずいた。
三人も、あの石板を一緒に見つけた。新しく分かったことを話したかったが、ガルの父親が息子を心配していたことも覚えていた。ポルフィラは、父が聞いてくれるのを待つことにした。
ミレアが娘の前へ布を広げた。ポルフィラは木片を順番どおりに重ね、包みの中へ戻した。
セレフィア。その名前を、心の中でもう一度読んだ。エルディオとともに平和を築いた人。けれど、二人の名は教科書に見当たらず、その話は地下に隠されていた。
二人がいたころは、どんな暮らしだったのだろう。そして、二人が築いた平和は、どうして続かなかったのだろう。




