第177話 蔵の扉を開けろ
木立の向こうに、納付倉の西門が見えた。
塀の上に並ぶのは、ユリウスに従うアウレリスの弓兵だった。門の内側にも守備兵が集まっている。
その門を見据え、アズレインの救出隊長が盾の革紐を締め直した。
「西門は俺たちが引きつける。南へ回る者は、閉じ込められた人を出せ。荷車は負傷者のために空けておけ」
部下たちがうなずく。
案内をしてきた天馬の民の荷運び役も、南へ向かう一隊に加わった。倉から男を逃がし、アズレインへ連れてきた人物だった。
彼が枝を踏むと、隣の救出隊の兵が腕を引いた。
「まだだ。木の陰を通れ」
荷運び役は息を詰めた。
麦を運ぶために何度も通った場所だ。門の内にも、顔を知る者がいるかもしれない。
だが今日は、見つかれば矢を射られる。
男は兵の背を追い、南の塀へ回った。
*
西門の前へ、ソレインが飛び出した。
アウレリスの弓兵が、天馬に狙いを向ける。アドリアンは門から距離を取り、父へ呼びかけた。
「捕らえた人々を出してください! そうすれば、救出の兵は引きます!」
門の内へユリウスが現れた。
自分の護衛が構える盾の間から、息子を見上げる。
「おまえが先に降りてこい!」
「降りません。捕虜を返してください!」
ユリウスの手が上がった。
塀の弓兵が弦を引く。
アドリアンは身を伏せた。ソレインが翼を振り、飛んできた矢を風で薙ぎ払う。
一本が門の内へ突き立った。
足元へ刺さった矢に、ユリウスの護衛が飛び退く。
「父上、やめてください!」
父は答えず、盾の陰へ下がった。
アドリアンへ向けて、次の矢がつがえられた。
巨大な影が屋根の上を流れ、近づいてくる。
弓兵達の顔から、日の光が消えた。
味方も敵もみな、空を見上げる。
黒い翼が空を覆っていた。
オブシディオンが首を曲げ、西門にいる敵の守備兵へ顎を向け口を開いた。
咆哮が塀を震わせ、兵達の足元から弓を持つ腕まで振動が突き抜ける。
バラバラと弓を落とす音がした。
アウレリスの弓兵たちは梯子へ殺到し、ぶつかり合った。一人が足を滑らせ、下で待つ味方の守備兵の上へ落ちる。
門の内では馬が暴れ、荷車を横へ引きずった。
ポルフィラは角へつかまったまま、南の塀を探した。
そこへ回ったアズレインの一隊が、梯子を立てかけている。
〈南へ行って。戸を開ける人たちを見たい〉
竜が翼を傾けた。
*
西門が内側から開いた。
アウレリスの守備兵が、外にいる救出隊を押し返そうと槍を突き出す。
穂先が、救出隊長の肩をかすめた。
隊長は盾で槍の柄を弾き返す。
「左へ回れ!」
アズレインの兵が隊長の横へ入り、門柱へ盾を押しつける。
門を閉じようとした敵の守備兵が、剣を振り下ろした。刃が盾の縁を削り、木片が飛ぶ。
その脇から救出隊の槍が突き出され、刺されたアウレリス兵が膝を折る。
後続の守備兵がその体につまずき、門の内へ倒れ込んだ。
「押せ!」
救出隊長は、盾ごと前へ出た。
開いた隙間からアズレインの兵が続く。アウレリスの守備兵は中庭へ押し出され、西門を閉じられなくなった。
*
同じころ、南の塀を越えたアズレインの一隊は、二手に分かれていた。
一方は塀の小さな通用口へ向かい、内側の閂を外す。外で待つ荷運び役へ、避難する人を案内するよう合図した。
もう一方は、人々が閉じ込められた建物へ走った。
建物の角から、アウレリスの守備兵が槍を突き出した。
先頭にいた救出隊の兵が、腹を押さえて崩れる。
後ろの仲間が槍を刺した守備兵へ飛びついた。
槍の柄を両手で押さえ、壁へ叩きつける。その間に、斧を持った救出隊の兵が戸へ取りついた。
「中の者、戸から離れろ! 助けに来た!」
戸の奥で声が重なる。
斧が鉄具の脇へ打ち込まれ、木が裂け戸板が内側へ傾く。
斧を捨てた兵は、倒れる戸を肩で支えた。
「下がれ! 挟まれるぞ!」
割れ目から、竜の民の女が手を伸ばした。
救出隊の兵がその腕を取ると、女は声を上げて身を引いた。
「アズレインの兵だ。助けに来た!外へ出られる!」
女の目が、開いた戸へ向く。
手首の縄を切ってもらうと、ようやく一歩を踏み出した。
救出隊の兵が女を支え、通用口へ送る。後から出る人々にも、同じ道を指した。
「南の塀の小門へ! そこから外へ出てくれ!」
だが、奥の部屋からは、まだ戸を叩く音がしていた。
そちらの入口にも板が打ちつけられている。
救出隊の兵が、もう一度斧を拾った。
*
通用口の外で、荷運び役が逃げて来た女を見つけた。
「こっちだ。道の先に、荷車がある」
「今度は、どこへ連れていくの?」
怯えた女の足が止まる。
「手当てをしてもらえる。今はこの領内から出る……」
荷運び役の肩へ、矢が突き刺さった。
男は女の前で倒れ、地面へ手をついた。
屋根の上に、アウレリスの弓兵がいた。
避難する人々へ向け、二本目の矢をつがえている。
通用口を守っていたアズレイン兵が、荷運び役の服をつかんだ。
「伏せろ!」
男を道脇の石垣へ引きずり込み、女もその陰へ押し込む。
次の矢が、すぐそばの土へ刺さった。
上空のポルフィラにも、その弓が見えた。
〈屋根の上! 逃げる人を射ってる!〉
オブシディオンが降下する。
目の前へ屋根が迫り、ポルフィラは身を伏せた。
翼が空気を叩く。瓦がバラバラとめくれ上がり、アウレリスの弓兵は顔をかばって腹ばいになった。
竜の牙を剥き出した顔が弓兵の方を向く。
弓兵は弓を投げ捨て、必死で梯子へ這っていった。
〈下に、まだ人がいる。火は使わないで〉
ポルフィラは角を握り直した。
オブシディオンは建物へ触れず、再び空へ上がった。
その下へ、ソレインが回り込む。
アウレリスの増援が、南の建物へ向かっていた。アドリアンはその前へ天馬を降ろし、剣を抜いた。
「そこを通すわけにはいかない。武器を捨てろ!」
増援の兵が足を止める。
ソレインの後方では、救出隊がまだ奥の戸を開けようとしていた。
*
西門をアズレインの兵に奪われたと聞き、ユリウスは馬車を待たせてある東門へ走った。
城へ逃げるための馬車は、門柱へ車輪をぶつけて止まっていた。
御者が手綱を引いても、馬は竜を見て暴れるばかりだ。
「鞭を使え! 早く出せ!」
「これ以上叩けば、もっと馬が暴れて馬車が倒れます!」
ユリウスの護衛たちが、馬を車から外し始めた。
ユリウスは御者の鞭へ手を伸ばしかけ、南へ顔を向けた。
捕らえた竜の民が、アズレイン兵に支えられて出てくる。
自分の命令で閉じ込めた人間を、息子が守っている。
「その奥は敵に開けさせるな!」
ユリウスは、南の建物を守る自家の家臣へ叫んだ。
「アズレインの兵が入ったら、残った者を殺せ!」
ソレインの上で、アドリアンが振り向いた。
奥の部屋へ通じる戸口に、アウレリスの兵が立っている。
その男が剣を抜き、戸へ手を掛けた。




