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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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175/224

第175話 父の領地へ

「残りの荷車は、これだけか」

ロデリクの前で、家臣が一覧の端を押さえた。

「軍へ出した分が、まだ戻っておりません。避難した者へ食料を運ぶ分と、荷揚げ場から倉へ回す分も必要です」


穀物を積んだ船を襲われてから、ほかの船へ荷を振り分けている。船が着いても、運ぶ荷車が足りなければ荷は港に残る。

ロデリクは空いた欄へ指を置いた。

「修理が済んだ荷車から、港へ戻せ。兵の持つ私物は後回しにしろ」


戸口でアドリアンが立ち止まった。

手にしているのは、父から届いた文だった。


*


ユリウスは、逃げた竜の民の家族を捕らえたと書いていた。

戻ってこなければ処分する。

アドリアンは、読み返した文を机へ置いた。

「私が帰っても、拘束した人を返すとは書いていません」


「おまえを捕らえれば、ソレインまで押さえられると思っているのかもしれん」

ロデリクは、部屋の外へ聞こえないよう声を抑えた。

「一人で戻るな。先に、捕らえられた者の居場所を確かめる」


その日のうちに、国境の兵から知らせが入った。

アウレリス領の倉から逃げてきた者がいるという。


*


竜の民の男は、片方の靴を失っていた。

隣には、天馬の民の荷運び役がいる。男は膝の上で手を組み、来た道を思い返すように話した。

「荷を移すときに、外へ出しました。荷台へ隠して、検問を抜けて……途中で気づかれて、追われました」


「なぜ、逃がそうと思った」

ロデリクが尋ねる。


荷運び役はすぐには答えなかった。

「仕事で会ううちに親しくなった竜の民の村の者が、大勢いたんです……あの人たちを閉じ込めて、町の荷まで止めて。何のためにこんなことをするのか……」


隣の男が顔を上げた。

「妻は、まだ中です。俺たちは、弟が逃げた代わりに連れていかれました」

声が詰まる。

「俺だけ逃げたと分かったら、妻が……」


アドリアンは文を握り締めた。

父が書いた「処分する」という文字が、その女へ向けられていた。


*


偵察から戻った兵は、倉の配置を図へ描きおこす。

西の門には守備兵が多く、南の建物に拘束者がいる。東の門は、城へとつながっていた。ユリウスも、まだ倉にいる。


「救い出すとして、そのあとはどうしますか?」

ロデリクの家臣が尋ねた。

「空いている荷車をすべて出せば、こちらの町へ運ぶ食料が遅れます」


ロデリクは図の脇へ、荷車の一覧を置いた。

「兵の運搬に使っている分を回す。歩ける兵は歩かせる」


「食料は?」


「まず領内の備蓄から出す。捕らえられた者の人数は、まだ分からん。こちらへ避難する者が増えることも、倉を預かる家臣へ伝えておけ」

言い終え、アドリアンへ顔を向けた。

「助けたあとも、腹は減る。村へ帰りたい者も、すぐには帰れんかもしれない」


アドリアンはうなずいた。

父の命令を止めても、領内の人々がすぐに元の暮らしへ戻れるわけではない。

「……私も、帰れる村があるか空から確かめます」


*


アウレリス領へ拘束した人々を解放するよう求める使者を送り、四家へも事情を知らせた。

インディルへ届いた知らせを受け、ポルフィラとオブシディオンがアズレインへ来たのは、数日後だった。

その間に戻った使者は、ユリウスの返答を持っていた。

逃げた者とアドリアンを先に返せ。そちらが兵を領内に入れたら、拘束した者達を処分する。


ポルフィラは、倉の図にある南の建物を見た。

「そこには、外へ出られる窓もあるんですか?」


「板を打って塞いでいるらしい」

アドリアンが答えた。


ロデリクは西と南を指した。

「西から兵を向け、守備兵たちを引きつける。別の一隊が南から入り、戸を開ける。出てきた者は、塀の外へ逃がす」


ポルフィラは東の門へ目を移した。

自分たちが近づけば、馬が暴れるかもしれない。竜が降りられる場所も、逃げる人が走る道も、同じ狭い図の上では判別できない。


「先に、私から父へ話します」

アドリアンが言った。

「ソレインからは降りません。捕虜を返せば我々は引くと、もう一度伝えます」


*


草地へ戻ると、オブシディオンが頭を寄せた。

ポルフィラは図で確かめたことを、一つずつ伝えた。

〈屋根の下にいる人は、見えないんだね〉


〈見えん。町中へ降りれば、建物ごと潰すことになる〉


〈味方の兵たちが戸を開ける。その間、その人たちに弓を射る兵がいたら、止めてほしい〉


竜の目が彼女を見た。

ポルフィラは角の根元へ手を添える。あの丘で炎を見たときの熱が、手のひらへ戻る気がした。

〈できるだけ、みんなが逃げられるようにしたい〉


〈ならば下をよく見て、おまえに見えるものを私に伝えろ〉


彼女はうなずいた。


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