第170話 道を守る人々
翌朝になっても、王軍前方の部隊は街道に残っていた。
夕刻に一度収まった戦いが、セヴェランが前へ出ると再び始まる。撤退の合図は、何度も街道へ響いた。
それでも正面の兵は下がらない。後ろへ引き返そうとした者が、進む者に押し戻される。オランデルの兵には、どちらも盾を構えて迫る王兵に見えた。
レオノーラは、ヴェスペラを詰所の前へ戻した。
「押し出さないで! 道を守って!」
味方の家臣が顔を上げ、兵へ命令を伝える。
詰所の南へ続く道では、まだ避難する人々が動いていた。その足を止めるわけにはいかなかった。
アルディスが、また正面へ出てきた。
セヴェランはオランデルの兵の列へ向けて、白い天馬を低く飛ばせた。そのすぐ手前には、まだ王兵も残っている。
構わずアルディスが翼を振り、兵たちへ突風を放った。
「伏せて!」
レオノーラは兵とアルディスの間へヴェスペラを飛び込ませた。ヴェスペラも翼を振り、迫る風へ突風をぶつける。
衝突した風が地面へ吹きつけ、街道の土と石を巻き上げた。オランデルの兵が盾ごと倒れ、近くにいた王兵も足をすくわれる。
ヴェスペラの体も大きくあおられた。
レオノーラは鞍の縁へ左肩を強く打ちつけ、息を詰めた。腕が痺れる。手綱を握り直そうとしても、指がうまく閉じなかった。
アルディスが旋回する。
彼女は右手で手綱を支え、ヴェスペラを上へ逃がした。
地上では、オランデルの兵が倒れた仲間を引いていた。
一人を盾の陰へ運び、次へ戻ろうとすると、王兵の槍が伸びる。
味方が盾を割り込ませた。
「怪我人を先へ! ここは止める!」
足を引きずる兵の向こうで、農地の石垣に人が押しつけられていた。
逃げる領民の列へ、風を避けた兵が入り込んだのだ。杖を落とした天馬の民の老人がかがみ、後ろから来た人に押される。
近くの竜の民の男が腕を伸ばした。
「立って! こっちへ!」
男が体を支え、通りかかった天馬の民の運び手へ渡す。二人で石垣の切れ目へ抜け、ようやく列の外へ出た。
振り向くと、今いた場所を馬が駆け抜けて行った。
*
西から、インディルの増援が姿を現した。
藍の旗を見たオランデルの家臣が、声を上げた。
「右の道へ! 避難する人を守ってほしい!」
新しく来たインディルの兵が、街道から農地へ続く道を塞ぐ。
その陰へ、運び手たちが負傷者を引き入れた。負傷者を担いで来た竜の民の男は、地面へ寝かせた兵へ水を飲ませようとしたが、脇の医師に手を止められた。
兵の胸は、もう動いていなかった。
男は水袋を下ろした。
すぐそばへ、別の担架が運ばれてくる。
医師に呼ばれ、男はその担架の端を持ち上げた。
レオノーラは空から、増援の兵が守りに入るのを見た。
コンラートたちが送り出した兵が、間に合った。
だが、アルディスを止める役目は、まだ自分とヴェスペラに残っている。
アルディスが旋回し、再び詰所へ向かってきた。
このままでは、兵も避難する人々も風に巻き込まれる。
レオノーラは東の丘へ目を向けた。そこに人影はない。
「ヴェスペラ、こっちへ引きつけるわよ」
痺れた左腕を腹へ寄せ、右手だけで手綱を握る。
ヴェスペラはアルディスの前を横切り、詰所から離れた。白い天馬が後を追ってくる。
レオノーラは肩越しにその姿を確かめた。次の風は、兵や避難民のいない丘の上で防ぐ。痛む肩をかばいながら、鞍の上で身構えた。
*
西へ急いだ使者がクラウスのもとへ着いたとき、馬の首は汗で濡れていた。
王軍の後ろは退いている。だが、セヴェランが攻撃を続け、前の部隊が抜けられなくなっている。
報告を聞き終え、クラウスはポルフィラへ向き直った。
「南へ向かってほしい」
彼は、国境の見張りの報告も手にしていた。
「西の王軍は後方へ下がっている。町と橋には兵を増やした。国境の砦も、引き続き見張る。君たちが離れる間は、こちらで守る」
ポルフィラは使者を見た。
「レオノーラ様は、まだ戦っているんですか」
「はい。白い天馬を止めておられます」
息を切らした返事だった。彼がこちらへ向かっている間も、レオノーラは戦い続いている。
彼女はオブシディオンの首へ手を伸ばした。
〈南へ行こう。飛べる?〉
〈行ける。おまえは、つかまっていられるか〉
〈うん〉
足を鱗へ掛ける。
腰が落ち着くまで頭を低くしてくれていることが、今はよく分かった。彼女が角を握り直すと、首が上がった。
飛び立つ前に、地上へ目を向ける。
「西の知らせも、南へ送ってください」
クラウスがうなずいた。
オブシディオンの翼が開く。ポルフィラは身を低くし、南へ向かう風を受けた。




