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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第169話 退く兵と進む兵

「兄上が、引けと?」

セヴェランは、差し出された文を読み直した。


負傷者と物資を戻し、軍を王領へ退かせる。新たな攻撃は禁止する。

文字は読み間違えようもなかった。


軍を預かる王側の指揮官にも、同じ文が届いている。

「後方へ荷車を回しています。前の部隊は交代させ、順に下げます」


「まだ、あの街道を取れていない」


「今は、王命に従って退くべきです」


セヴェランは文を握った。

王まで竜に追われて戻った。その噂の後で、自分も引く。

道を塞いだ領主たちは、誰一人従っていない。帰ったところで、何を果たしてきたと言えるのか。

「せめて、正面の詰所を潰す。あれさえなくせば、次は道を使える」


「新たな攻撃は、禁じられています」

指揮官は引かなかった。

「殿下。撤退中に戦いを始めれば、後ろの部隊が戻れなくなります。負傷者もおります」


セヴェランは、相手の顔から目をそらした。

竜に道を塞がれたときも、兵を退かせるしかなかった。今も、また引けと言われている。

同じ思いを、もう一度するつもりはなかった。

「私の護衛は残せ」


「殿下も、お下がりください」


「先に退く者は退け。私は、あの道を開けてから戻る」

返事を待たず、セヴェランは天幕を出た。

近くに伏せていたアルディスが顔を上げる。白い天馬へ乗り、まだ正面に残る王兵へ向かった。

指揮官が、伝令を呼ぶ声が背後でした。


*


オランデル側の見張りが、王兵の動きを知らせてきた。

北へ向かう荷車が増え、後ろの列から兵が下がっている。レオノーラは、ヴェスペラのそばで報告を聞いた。

「退き始めたのね。追わないで。こちらも、負傷者を後ろへ運んで」


そばの家臣がうなずく。

まだ王兵の前列は残っているので、味方の守備の列も解けない。


しばらくして、別の見張りが駆けてきた。

「白い天馬が上がりました!」


レオノーラは顔を上げた。

北の空から、アルディスがこちらへ向かってくる。

その下で王兵の一隊が動いている。

退く方向ではない。

盾を構え、詰所へ近づいている。


「全員へ知らせて。まだ戦いは終わっていない!」

レオノーラは家臣へ、西のクラウスにも急使を送るよう命じた。

レオノーラはヴェスペラへ乗った。

翼が開き、足元の草が倒れる。空へ上がると、王兵の後ろの方は後退している。

前の部隊だけが、こちらへ来る。


*


王兵の列で、命令がぶつかった。

「進め! 殿下が道を開ける!」


「待て! 王命は撤退だ、前へ出るな!」


前の兵が盾を上げ、後ろの兵が足を止めた。

誰の声に従えばいいのか。振り返った男の肩へ、隣の兵がぶつかる。

白い天馬が頭上を越えた。


「殿下を一人にするな!」

その声で、迷っていた兵達が前方へ向け走り出した。


指揮官は馬を返し、前へ出た隊を呼び戻させた。

だが、先頭はすでにオランデルの詰所へ近づいていた。向こうの盾の列が動く。槍がそろい、道を塞ぐ。

前列の王兵が立ち止まろうとしたところへ、後ろから続く兵達がぶつかり前を押し出した。


金属のぶつかる音が、街道に響いた。


*


レオノーラは、アルディスの前へヴェスペラを出した。

「セヴェラン! 兵を戻して!」


白い天馬に乗る男が、こちらをにらむ。

「おまえが道を空ければ済む!」

アルディスの翼が開いた。


レオノーラは地上を見た。すぐ下に、どちらの兵もいる。

ヴェスペラを傾け、詰所から離れる。白い天馬がついてきたところで、ようやく風を返せる位置へ出た。


衝撃が、鞍を打った。

レオノーラは身を伏せ、歯を食いしばる。詰所の方で、また悲鳴がした。

王軍の後方では、撤退の合図が鳴り続けていた。

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