↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
PR
168/226

第168話 王が命じた撤退

王太子の文を読み終えると、ヴァルテルは紙を机へ置いた。

天幕の外で、馬が短くいななく。荷車を直す槌の音も、朝から止まっていなかった。


「四家の話を、もう一度聞けというのか」


返事を求められた軍務の家臣が、一歩進んだ。

「王太子殿下は、終戦の条件をお尋ねです。王都の守りが手薄になるので、次の兵は容易に出せないとも」


ヴァルテルは、文の最後へ目を戻した。

息子は命令を拒んでいない。物資の手配も進めている。そのうえで、何のために兵を送り続けるのかと問うていた。

子供のころは、自分の説明を疑わず聞いていた息子だった。

「竜の力を頼みに王兵を襲った者へ、望みどおりの返事をすれば、ほかの者も同じことをする」


「申し入れをお認めになる必要はございません。ただ、今の陣で次の戦いを始めるには、兵と食料が足りません」

家臣は、運ばれてきた報告を広げた。

補給のために遠回りする荷車。その護衛へ回す兵。町から戻り、まだ動けぬ負傷者。

失ったものを数える紙ばかりが増えていく。


「南はどうなっている」


「セヴェラン殿下の部隊も消耗しています。オランデル側へ、インディルの増援が向かっているとの報告もきています」


「敵に増援が来る前に、道を開けられぬのか?」


家臣は何も言わず頭を下げた。


ヴァルテルは椅子を離れた。

天幕の入口を開くと、遠くにノクスが見えた。黒い天馬は、世話をする兵の手から顔をそらしている。空を大きな鳥が横切っただけで、首が上がった。

ヴァルテルにも、竜に遭遇した時の感覚が残っていた。

竜が迫り、自分の体が鞍から振り出されかけた。あのとき、命令してもノクスは止まらなかった。

「……兵を、立て直す」


背後で、家臣の衣が動いた。


「南にも、いったん引くよう伝えよ。負傷者と物資を先に戻し、軍を王領へ収める」


「攻撃の中止も、明記いたしますか」


「そうせよ。退く途中で、勝手な戦いを始めるなと」

口に出すと、屈辱が喉へせり上がった。

四家を従わせるために出た軍が、占領していた町を失い、引き返す。竜が一頭現れたことで、自分の命令が領主たちへ届かなくなっている。


家臣が、王太子への返書について尋ねた。


ヴァルテルは振り返った。

「出兵を終えたければ、四家が勝手に改めた扱いを撤回し、王兵を襲った者を差し出すこと。それが返事だ」


家臣の筆が走る。


王はその手元を見てから、言い添えた。

「レオンハルトには、都を守れと伝えよ。兵を戻すまで、守りを崩すな」


*


王の命令を持つ使者は、南へ向かった。

セヴェランだけでなく、軍を預かる指揮官にも同じ文を渡すためだった。


西では、王軍の荷車がさらに後方へ動き始めた。

その報告を聞いてもクラウスは、すぐに兵を休ませるとは言わなかった。国境の砦には、まだ王兵がいる。見張りは続け、退く列を追わぬよう命じた。


ポルフィラは草地で、ようやく腰を下ろした。

膝に置いた文には、避難した両親の行き先が記されている。道をたどるように指でなぞる。飛べば、顔を見に行けるだろうか。


「南の返事を待っている」

クラウスの言葉に、彼女は顔を上げた。

「王の命令で、あっちが本当に退くか確かめたい。退くと分かれば、こちらも守りを分け直せる」


ポルフィラは紙を折り、服の内側へしまった。

オブシディオンが彼女へ目を向ける。

〈少し眠れ。今は、私が見ている〉


彼女は鱗へ背を預けた。目を閉じても、空を飛ぶ感覚が、まだ体の中で揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。