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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第167話 王都に届いた報告

「これを出せば、王都には誰が残る?」


レオンハルトの前に、兵の一覧が広げられていた。

父は町から退き、王領側の野営地に留まっている。新たな兵と食料を送れという命令が、今朝届いたばかりだった。


軍務を担当する家臣が、城と町の守りを記した紙を重ねる。

「街道の警備からも回さねばなりません。それでも、求められた人数を満たすには、こちらを減らす必要がございます」


指した先を、レオンハルトは見つめた。

王都の守りを預かったのは自分だ。求められるまま兵を出し、王領の民に何か起きたら、誰を責めればいいんだ?

「食料と護衛の手配を進めてくれ。兵については、こちらに残る人数も添えて父上へ返す」


「増援を遅らせると、お受け取りになるかもしれません」

家臣の声が低くなる。


レオンハルトは父の文へ目を戻した。

「それでも、足りなくなる所は知らせねばならない」


文には町の火災も記されていた。

城内では、竜に焼かれたのだろうという話が広まっている。だが、父の報告には、火災の原因までは書かれていなかった。


*


後送された王兵は、吊った腕をかばいながら入ってきた。

勧められた椅子へ座るにも、付き添いの手が必要だった。腰を落とすと、額に浮かんだ汗を袖でぬぐう。

レオンハルトは、兵の息が落ち着くのを待った。

「町の中で、竜が火を吐いたのか?」


「……いいえ」


「では、倉が燃えたのはなぜだ?」


兵の視線が、王太子から家臣へ移った。

膝に置いた手が、布をつかむ。


レオンハルトは声を抑えた。

「見たとおりを聞きたい」


「退くとき、持ち出せぬ物資を燃やせと命令が出ました。倉に火をつけて……隣の家へも、移りました」

家臣の筆が、紙の上で止まった。


「竜は、そのときどこにいた?」


「町と、本隊の間の街道です……ノクスが近づくと、前へ出てきました。町の中で戦ったのは、双方の兵です」

兵は一度唇をなめた。

「戸が開いて、人が見えたんです。まだ家にいたのに、火を………煙が来て、私たちも退けと言われて……」

言葉が切れた。続きを探すように口を開いたが、声は出てこなかった。


レオンハルトは、しばらく待った。

「分かった。今日は、手当てに戻ってくれ」


兵は頭を下げようとし、肩の痛みに顔をゆがめる。付き添いに支えられて出ていくまで、レオンハルトはその腕を見ていた。

竜が戦った町だから、燃えた家も竜のせいだ。

自分は、確かめる前にそう受け取りかけていた。

机へ戻ると、止まっていた家臣の筆が、また動き始めた。


*


ユリウスの文は、息子の名を幾度も挙げていた。

アドリアンが父の命令を拒み、ロデリクに従ってこちらの兵も殺した。王へ刃向かう息子なら、後継者から外す用意もあるという。

レオンハルトは、文の初めへ指を戻した。

「アウレリス兵が他領の荷揚げ場へ入ったとき、何が起きたのか。それを述べた報告は?」


「まだ、詳しくは届いておりません」


「指揮した者からも聞いてくれ。この文だけでは、そこで何をしようとしたのか分からない」


父に従わぬ息子を切り捨てる。

それほどの覚悟を示したのだから、自分の忠義を認めてほしい。ユリウスの言葉は、そう求めているようにも読めた。

レオンハルトは紙を置いた。次に王へ何を書こうとしているのかを思うと、簡単には見過ごせなかった。


記録担当の家臣が、四家から届いた申し入れを運んできた。

竜の民にも、住む場所や仕事を自ら選び、同じ人間として自由に生きる権利を認めてほしい。

読み終えても、レオンハルトの手は紙から離れなかった。


それを許せば、国の秩序が崩れる。

父の判断を、これまでは深く疑ったことがない。

けれど、町を焼いた理由を尋ねたときの兵の顔が、何度も浮かんだ。膝の布をつかんでいた手も。

また兵を送り、同じ町へ向かわせる。

四家が従わなければ、その次も兵を送り、撤退する状況になれば、中にいる人ごと家に火をかけるのか?

レオンハルトは返書の紙を引き寄せた。


*


洗濯場にも、負傷兵が王都へ戻ったという話は届いていた。

エナの手から、絞りかけの布が水へ落ちる。


「王様の軍が、攻めていた町を出たんだって」

隣で働く女の声だった。

エナは水の中から布を拾い上げた。


セヴェランは、まだ南にいる。

あの人殺しが、兵を従えて生きている。どこかの町で王軍が退いたからといって、それが変わるわけではなかった。


「エナ?」

呼ばれて顔を上げると、女が心配そうにこちらを見ていた。

エナは短くうなずき、布を絞り直した。


*


王太子の返書には、補給の手配と王都の兵の不足が記された。

レオンハルトは最後の行で筆を止め、それから問いを加えた。


四家が何に応じれば、この出兵を終えられるのか。

竜の民の自由を求める申し入れについて、もう一度話を聞くお考えはないのか。


父が読んだときの顔を思い浮かべる。

その二行へ横線を引けば、出しても差し障りのない文に戻せる。

筆先を紙から離すまで、レオンハルトは長く迷った。


文を閉じ、待たせていた使者へ渡す。

「王へ届けてくれ」


使者が退出すると、戸の閉まる音が部屋に響いた。


西では、ポルフィラとオブシディオンが川沿いを飛んでいた。

取り戻した橋を、町へ戻る荷車が渡っていく。その先の国境の砦には、まだ王兵がいる。

王は後方の野営地に留まり、ノクスもそこを離れていなかった。

ポルフィラは角へ添えた手を握り直した。町を取り戻してからも、空の見張りをやめられる日は、まだ来ていない。


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