第166話 取り戻した町で
焼けた木の匂いが、朝になっても消えない。
町外れの救護所では、夜通し働いた医師が、次の負傷者を呼んでいた。味方の兵の後には、捕虜の王兵も待っている。
ポルフィラはオブシディオンのそばで、担架の通る道を見ていた。
「こいつです! こいつが教えたんだ!」
怒鳴り声に顔を上げると、竜の民の男たちが、町役人を引いてきた。天馬の民の役人は、襟をつかまれて足をもつれさせている。頬はすでに腫れていた。
一人の男が、ヴェルディアの家臣へ突き出すように訴えた。
「俺たちの隠れていた家を、王兵に教えたんです。連れ出されて、荷を運べと殴られた!」
家臣が間へ入る。
「手を離せ。話を聞く」
「また、こいつをかばうのか!」
男の拳が上がった。
家臣が腕を押さえる。その向こうへ、クラウスが歩み寄った。
「その手を離してくれ。何をされたか、あなたから聞きたい」
男は息を荒らげたまま、役人とクラウスを見比べた。
つかんだ襟が、手の中でねじれている。長い間を置いて、ようやく指がほどけた。
役人が咳き込み、服の首元を押さえる。
「王の兵に聞かれたのです。竜の民が、どこにいるのかと。知らないとは言えませんでした」
「誰に、何を話した」
「町へ入った部隊の者です。家の場所を書かされました」
「その前から、俺たちを村へ戻せと言ってただろう!」
男が叫んだ。役人の唇が動き、言葉は出なかった。
ポルフィラは、鱗へ置いていた手を握った。
王兵たちがいる町で、隠れていた家から連れ出される。自分も同じ立場だったら、あの手をすぐに離せただろうか。
クラウスは家臣を呼んだ。
「この者は兵のいる建物へ連れていけ。訴えた人たちとは別に話を聞く。捕らえられた人と、見ていた人も探してほしい」
「王命に従っただけです!」
役人の声が上ずった。
「脅されて従ったのか、自分から人を捕らえさせたのか。それを調べる」
クラウスは、竜の民の男へ向き直る。
「あなたの話も記録させてくれ。ほかに誰が連れ出されたのか、教えてほしい」
男は連れていかれる役人を見ていた。
やがて、隣の男へ顔を向け、二人で捕らえられた者の名を挙げ始めた。
*
数日後、食料と家臣を連れたエミールが町へ入った。
領都の城は家宰に任せ、こちらの立て直しを父から命じられたという。
町の担当者が広げた紙には、焼けた家と、まだ住めるか確かめていない家が記されていた。
「この人たちは、今夜どこで寝る?」
エミールの指した欄で、担当者が返事に詰まる。
「元の家へ戻れるか、まだ……」
「では、それが分かるまでの寝場所を探そう。帰ってきた人を、ここで待たせ続けるわけにはいかない」
王兵に奪われた食料や道具についても、持ち主から申し出が続いていた。
エミールは家臣に記録を任せ、返せる品を取り分けるよう命じてから倉へ向かった。
食料を待つ列が、戸口から延びている。
配布を担当する天馬の民の役人が、列の途中へ手を伸ばした。
「天馬の民を先に通す。おまえたちは、脇で待っていろ」
声をかけられた竜の民の女が、荷を抱え直す。後ろにいた男も列から出ようとした。
「そのまま並んでいてくれ」
エミールの声に、二人が足を止める。
彼は役人へ向き直った。
「民の違いで後回しにするな。並んだ順に食料を渡してほしい」
役人の手が宙で止まり、それから下りた。
頭を下げ、列の先頭へ戻って配り始める。女が受け取った食料を袋へ入れる間、天馬の民の列から不満げな声が上がった。
エミールは順番を変えさせず、家臣を呼んだ。
「配り終えるまで、ここにいてくれ」
家臣が倉の脇へ立つ。列は少しずつ前へ進み始めた。
*
村からの文には、シオンの字が並んでいた。
ドランとミレアは、修理の済んだ荷車を使う一行と出発したという。トーマも母や妹と一緒だ。
ポルフィラはそこまで読むと、一度紙を下ろした。
二人が家を出た。
あの鍛冶場にも台所にも、今は父と母がいない。
無事に移れたことへほっとしながら、家の戸が閉じられるところを思い浮かべた。
戻っても、その戸を開けて迎えてくれる人はいないのだ。
文には、友達のことも続いていた。
ガルは家族と行き先を決めてから、兵の訓練を申し出ている。まだ戦場へは出ない。リナ、セラ、シオンは、村に残る人の次の移動を手伝うという。
セラの家でも、移る方へ話が進んでいた。
最後の方に、ガルからの伝言があった。
会ったら、話を聞きたい。
ポルフィラはその短い言葉へ指を添えた。何から話せばいいのだろう。王兵を焼いた丘か、帰ってこなかった兵のことか。
返事には、移った先で困ったことがないか教えてほしいと書いた。
折り目をつける前に、もう一度父母の無事を伝える行を読む。
それから、使者へ渡す文の上へ重ねた。
近くの道を、店の娘が父を支えて歩いていた。
母の足の手当ては済み、今夜から泊まる場所を確かめに来たのだと、家臣が教えてくれた。
父娘は何度も家臣へ頭を下げている。二人の顔を見て、ポルフィラは少しだけ肩の力を抜いた。
*
夕方、亡くなった兵たちの名が読み上げられた。
クラウスとエミールの前で、兵たちが頭を下げる。
橋の隊長の番になると、一人の部下が、抱えていた盾へ顔を伏せ慟哭した。
ポルフィラはオブシディオンのそばから動けなかった。
呼ばれた名に返事をする者はいない。列に空いた場所を、誰も詰めようとはしなかった。
町の通りからは、焼けた材木を運ぶ音が聞こえていた。




