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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第164話 王軍へ届く荷車

地図の北側を、クラウスの指がたどる。

「この道から、王の本隊へ食料が入っている。まず、それを止める」


北からの増援が橋の守りに加わり、ようやく兵を別の場所へ出せるようになった。エミールからも食料と矢が届いている。

オブシディオンのいる草地で、ポルフィラは襲撃隊の家臣たちと地図を囲んでいた。


「浅瀬を渡り、町の北へ回る。荷車を奪って戻れ」

クラウスは、指揮を任せるヴェルディアの家臣へ顔を上げた。

「御者と、武器を捨てた兵は斬るな。荷を運ばされているだけの者もいる」


「承知しました」


ポルフィラは、町の東に記された王軍の位置を見た。

「私たちは、ノクスを止めるんですね」


「ああ。橋は増援に守らせる。君たちは本隊を見張り、天馬を襲撃隊へ近づけさせないでほしい」


〈地上で何かあっても、すぐには下りられないね〉


彼女が尋ねると、オブシディオンの目が家臣たちへ向いた。

〈こちらへ黒いのを引き受けている間は、兵たちに任せねばならぬ〉


ポルフィラはその返事を伝えた。指揮を執る家臣は、もう一度うなずいた。


*


車輪の音が近づいてくる。

北の道の脇で、ヴェルディアの兵たちは息を潜めていた。夜のうちに浅瀬を渡り、斥候の案内で先回りした場所だ。

王軍の荷車は、袋を高く積んでいる。前後を守る王兵は剣や弓を持っていたが、手綱を握る御者に武器は見えない。


先頭の車が道の狭まる所へ入る。


「止まれ! 御者は手を上げろ!」


林から盾が突き出され、荷馬がいなないた。

御者が手綱を引く。車輪が土を削るより早く、護衛の王兵が剣を抜いた。

刃が盾へ食い込む。押し返した盾の横を、槍の穂先がかすめる。


「右だ、弓がいる!」

叫びと同時に、矢が飛んだ。


ヴェルディア兵の一人が体を折った。腹を押さえ、膝から崩れ落ちる。

仲間がその襟へ手を伸ばす。王兵の剣が迫った。

盾が二人の間へ割って入る。

衝突に足を滑らせながらも、持ちこたえた兵が叫んだ。

「引け! 今のうちに!」


負傷者の踵が土を引っかいた。引きずる手が血で滑る。後ろへ、もう少し。剣の届かない所まで。

そばの荷台では、御者が袋の間へ頭を押し込んでいた。


*


〈ノクスが動く〉

オブシディオンの声に、ポルフィラは本隊へ目を凝らした。

黒い翼が開いている。王が鞍へ足を掛けようとしていた。

彼女は角を握り、先に身を低くする。


竜が大きく傾いた。

足元の町が斜めに流れる。鱗へ添えた足をずらさず、膝で揺れを受け止めた。喉まで上がった声をのみ込む。


黒い影が、野営地の端を覆った。

ノクスが横へ跳ねる。王の体が鞍から離れ、そばの兵が両腕で受け止めた。天馬の翼にあおられ、別の兵が尻もちをつく。

竜がもう一度近づくと、ノクスは首を振って後退した。人も荷馬も、その巨体を避けて逃げ惑う。


オブシディオンは野営地の上へ踏み込まず、外側を回った。

一周する間も、ポルフィラの目は黒い天馬から離れない。ノクスが翼を開くたび、角を握る手へ力が入る。


北の道では、どうなっているのだろう。

首を巡らせても、木々の下は見えなかった。助けを呼ぶ声が上がっていても、ここまでは届かない。

本隊の前で、ノクスがまた体を動かした。

ポルフィラは顔を戻した。


*


「追うな! 荷車を回せ!」

北の道で、ヴェルディアの家臣が剣を下ろした。


護衛の王兵は、一部が道の先へ逃れ、残った者は武器を置いていた。御者たちが震える手を上げたまま荷台から下りる。

兵は荷車を脇道へ向けた。負傷者も乗せ、来た浅瀬へ引き返す。

川で待っていた竜の民の舟運びが、積み荷を見て声を上げた。

「そのままじゃ舟が沈む! 袋を下ろして分けてくれ!」


袋が手から手へ渡る。軽くなった荷車は、馬を引く兵が浅い所へ回していた。

傷ついた兵を先に舟へ寝かせると、腹を押さえていた布から血が滴った。

仲間が上着を脱いで重ねた。

「もう向こうだ。医師が待ってる」


舟が岸を離れる。

竿が川底を押すたび、細い船体が揺れた。負傷した兵の手が、上着をつかむ。仲間はその上へ自分の手を重ね、押さえ続けた。

西岸へ着いたとき、つかんでいた指は、もう緩んでいた。


*


戻ったポルフィラの前に、奪った食料の袋が並んでいる。

その横で、兵が布の端を直していた。下からのぞいた手へ布をかぶせ、膝をついたまま動かない。


「亡くなったんですか」

問いかけると、兵は顔を上げずにうなずいた。

「川を渡りきれば、と思ったんですが」


ポルフィラは、まだ角を握っているように手を曲げていた。

ノクスを飛ばせなかった。自分たちは、頼まれた役目を果たした。

けれど、いつでも犠牲者はでてしまう…


クラウスの声が、背後でした。

「死者の名を確かめ、家族へ知らせる用意を。捕らえた兵と御者にも食事を渡せ。出兵の責任は私が負う」


ポルフィラはようやく指を開いた。

手のひらには、爪の痕が残っていた。


北の道では、その後も四家側の見張りが続いた。

次の荷車は王領へ引き返したと、斥候が知らせてきた。王軍が補給を受けるには、道を変え、護衛を増やさなければならない。

クラウスはその報告を聞くと、町へ向かう道に指を置いた。

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