第163話 村からの便り
王兵が領内の町を占拠したという知らせは、ポルフィラの村にも届いた。
知らせを持ってきたのは、村の管理者だった。ドランの鍛冶場の前で足を止め、集まった村人へ領主からの文を読み上げた。
「王の軍は、今は川の東側にいる。クラウス様の兵が橋を守っている。この村へ向かっているという報告は、まだない」
村人の一人が尋ねた。
「橋を渡られたら、ここまで来ますか?」
「どの道を進むかは分からない。だから、今のうちに避難の支度をしてほしい。先に移りたい者は、私に知らせてくれ。領主の家臣へ伝え、受け入れ先と道案内を手配する」
ミレアがドランのそばへ来た。
「娘は、どこにいるんですか?」
「竜と一緒に、その橋を守っている。怪我をしたという知らせは来ていない」
ドランは握っていた布を作業台へ置いた。
娘が戦っている。その間、自分たちはいつものように仕事をしていたのだ。
年配の男が、小さく尋ねた。
「王の兵は、あの子がこの村で育ったと知っているのか?」
鍛冶場の前が静かになった。
管理者は、すぐに大丈夫とは答えなかった。
「どこまで知られているかは、私には分からない。その心配も伝える。しかしまず、村の人々をどう逃がすか、領主側と決めておきたい」
*
その日のうちに、村では荷物をまとめ始める家が出た。
畑を置いて行けないという人もいた。動けるうちに家族を移したいという人もいた。
まだ村を出る日が決まっていなくても、使える荷車は確かめなければならなかった。
ドランの鍛冶場へ、車輪の留め金が緩んだ車が運ばれた。
ガルとトーマが片側を持ち上げ、ドランが車軸を調べる。少し離れた所で、ミレアたちが車へ敷く布を広げていた。歩き続けられない人を乗せるためだった。
車を下ろしたあと、ガルが言った。
「俺も、兵になることを考えてる」
トーマが顔を向けた。
「本当に行くのか?」
「まだ決めてない。でも、王の兵が来るのを、逃げる支度だけして待つのは……」
ガルは言葉を切り、修理を待つ荷車を見た。
「ポルフィラも戦ってるんだろ…」
トーマは、すぐには答えなかった。
それから、車に残った荷を降ろしながら言った。
「俺は、家族と一緒に避難する。先に家族を行かせて、自分だけ残るのは怖い」
「分かってるよ」
「おまえも、家を出る前に家族とどうするか話しておけよ」
ガルは黙った。
やがて、車の底に落ちていた縄を拾った。
「まず、これを直すのを手伝う。そのあと、兵に加わるには何が必要か聞いてくる。家でも話す」
トーマはうなずき、次の荷車へ回った。
*
リナとセラは、管理者へ伝える避難の希望を書き留めていた。
先に出たい人、歩くのが難しい人、家族が戻るのを待っている人。同じ家でも、全員が同じことを望んでいるわけではなかった。
リナが紙へ名を書き加えた。
「ここは、荷車に乗せてほしいって。長く歩くのは無理だって言ってた」
セラはうなずいたが、しばらく紙を見たままだった。
「うちの父さんは、まだ村を出たくないって」
「セラは?」
「私は、家族で移った方がいいと思う。町で何が起きたか聞いたら、ここにいるのが怖くなった」
リナは筆を置いた。
「じゃあ、まだ決まってないって書いておこう。また話してみたら?」
「うん。ほかの人の希望を聞いてたら、自分の家も決めないとって思った」
セラは自分の家のところへ、迷っていると書き添えた。
鍛冶場の外では、シオンが領主の文を読み直していた。
字を習い始めた村人が、肩越しに紙を見ている。
「今日中に出ろって書いてあるのか?」
一人が尋ねた。
シオンは該当する行を指した。
「そうは書いてない。先に移りたい人は申し出ることと、知らせが来たら動けるよう、荷物をまとめておくことだって」
「どこへ行けばいい?」
シオンは管理者を呼び止めた。
「避難先と道は、いつ教えてもらえますか?」
管理者は、希望を書いた紙を受け取った。
「これを持って役所へ戻る。人数と荷車を確かめ、案内する者を連れてくる。危険が近づいたら、それを待たずに知らせる」
シオンはうなずき、今聞いたことも紙の脇へ書いた。
*
出発する管理者へ、五人はポルフィラ宛ての文も託した。
シオンが書き、皆で読んで直した。父母からの言葉は、ドランとミレアに聞いて加えた。
村の皆は、今のところ無事だ。
皆が準備し、避難に備えている。先に出る家も、まだ迷っている家もある。
ガルは兵に加わることを考え、トーマは家族と避難するつもりでいる。リナとセラは村人の希望を集め、シオンは届いた知らせを村人へ伝えている。
最後にドランが言った。
「無事な顔を見たい。でも、おまえがすぐ帰れないことも分かっている。こっちも、待っているだけじゃないと伝えてくれ」
ミレアは文を見つめた。
「食べられるときに食べて、休んでほしい。それも書いて」
シオンが筆を動かした。誰も、いつ帰るのかとは書けなかった。
*
村からの便りは、町の偵察から戻ったポルフィラへ届けられた。
町には王兵が残り、東の街道からは物資の荷車が入っていた。その報告を終えたあと、彼女は草地で文を開いた。
オブシディオンが、そばで川向こうを見ていた。
父も母も、友達も無事だった。
その一文を何度も読んでから、先へ進んだ。
ガルが兵になるかもしれない。トーマは家族と村を離れる。自分たちが育った家を置いて出る支度を、もう始めている。
ポルフィラは紙の端を握った。
村へ帰りたかった。両親の顔も、五人の顔も見たかった。
だが、向こうでは誰も何もせずに、自分を待っているわけではない。
ポルフィラは、使者とともに来ていたクラウスへ尋ねた。
「村の人たちが移る場所も、用意してもらえるんですね?」
「エミールと家宰が進めている。一カ所には入りきらないから、何カ所かに分けて受け入れる。村を出る前に、管理者へ行き先を伝えさせる」
「決まったら、私にも知らせてください。父さんたちだけでなく、村のみんながどこへ行くのか知りたいです」
「分かった。知らせる」
ポルフィラは礼を言い、もう一度文を読んだ。
返事には、知らせてくれたことへの礼と、自分が今いる場所を書いた。ガルには、戦場で何があったか、会ったときに自分から話したいと添えた。
父と母には、自分も会いたいと書いた。
文を折って使者へ託すと、彼女はオブシディオンのそばへ戻った。
川向こうには、王兵に占拠された町がある。その先から、さらに兵や物資が送られてくる。
ここを破られれば、逃げる支度をしている村の人々も襲われるかもしれない。
ポルフィラは町へ続く道を見た。
家族と友達が移る時間を守るためにも、王兵をこれ以上進ませるわけにはいかなかった。




