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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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162/231

第162話 四家の約定

使者が各領を行き来する間も、橋では見張りと避難の誘導が続いた。

やがて、アズレインの荷揚げ場を襲った兵のことも、西のクラウスへ伝えられた。

船と穀物を失い、死傷者が出た。アドリアンとソレインが止め、残った船は警護をつけて移すという。

クラウスは、橋の守りを続けるポルフィラにも文を読んで聞かせた。


「アドリアン様は、怪我をしていないんですか?」


「していないと書いてある。ただ、敵にも死者が出た。父親の兵だったそうだ」


ポルフィラは、黒炎にのまれた人影を思い出した。

彼に何を言えばいいのかは分からない…


クラウスは別の文を広げた。

「四家で、守り方を決め直している。今までは、それぞれの領地へ攻められるたびに、助けを求めていた。それでは兵も物資も、間に合わない」

草地の端に机が置かれていた。オブシディオンのいる方へ向けて、地図と数通の文が並べてある。

「レオノーラから、共同で兵を動かす取り決めが届いた。私とテオバルトからも意見を送り、ロデリクの返事を待っていた」

クラウスは、届いたばかりの返書へ指を置いた。

「ロデリクも同意した」


四家は、王へ竜の民の自由を認めるよう求め続ける。

その要求を取り下げさせるための武力行使には、ともに対抗する。兵と食料を融通し、避難する者を四家の領境で止めない。

竜の民というのが理由に、四家の領内で保護や手当てを後回しにしないことも記されていた。


「守りに加わりたい竜の民は、どうなるんですか?」

ポルフィラが尋ねた。


「天馬の民と同じように、本人の意思を聞いて受け入れる。竜の民だからと無理に兵徴することも、武器を持たせないと決めることもしない」

クラウスは地図へ目を戻した。

「西の町も、まだ王兵がいる。これからは、この約定に従って実際に人と物を動かす」


テオバルトは、インディルの兵の一部を南へ送る支度を始めていた。

領都で家宰のマティアスと準備を進めるのは、成人した息子のコンラートだった。父の命令を受け、出せる兵と、領内へ残す兵を各地の担当者に確認させていた。

インディル家の後継者は、天馬と繋がるリゼリアと決まっている。実子のコンラートも含め、一族全員がその決定に賛同していた。

リゼリアは、まだ腫れの残る腕で戦い続けるのを医師に止められていた。シルヴァも休ませ、当面は後方に留まるという。

代わりに、北から来る家臣が領地の守りを引き継ぐ。西へ来る兵と荷車は、その家臣の指揮で迎え入れることになった。


オランデルの領都でも、レオノーラの娘で後継者のイレーヌが家臣たちと働いていた。

彼女は、母が戦場へ出る前から留守を任されている。南からの避難者を迎える一方、戦地へ送る食料も確保しなければならない。

ヴィオレスタを通る輸送について、リュシエンヌの家宰へ手順を問い合わせる文を出していた。


クラウスは二人から届いた報告を、戦地の文とは分けて机へ置いた。

ポルフィラが尋ねた。

「レオノーラ様は、持ちこたえていますか?」


「詰所を明け渡した所から、兵を集め直している。避難先へ続く道は、ヴェスペラと守っているそうだ。今度は、そこへ増援を送る」


ポルフィラはうなずいた。


*


リュシエンヌのもとへも、四家の文と輸送の申し入れが届けられた。

ヴィオレスタでは、すでに逃れてきた人と負傷者を受け入れていた。さらにオランデルの穀物をアズレインへ届けるため、自領の道と荷車を使わせてほしいという。


家宰が文を読んだあと、尋ねた。

「兵を送らずとも、物資を運べば王から責められましょう」


「……そうね」

リュシエンヌは、受け入れ先の報告も開いた。寝床が足りず、納屋を片づけている所もあった。

「でも、食料を積んだ船まで襲われている。それを見過ごせば、今度うちの領が襲われたときに誰が手を差し伸べてくれるの?」


「輸送をお認めになりますか?」


「認めるわ。こちらの荷車と護衛を出す。道筋と荷を記録し、運び手にも危険があることを伝えて。引き受けてくれる者へは、働きに見合う代価を払いなさい」


家宰が一礼した。

リュシエンヌは、四家との共同出兵にまでは同意しなかった。それでも王の顔色を窺って、四家の輸送を止めることはしない。

その判断は、王へも隠さず届けさせた。


*


四家の取り決めは、それぞれの領地で読み上げられた。

ヴェルディアの宿場でも、役人が竜の民と天馬の民の前で文を読んだ。

聞き終えても、拍手は起きなかった。王に逆らって大丈夫なのかと尋ねる者がいた。兵に加わりたいと言う者も、家族を連れて奥へ逃げたいと言う者もいた。

役人は答えられることを伝え、分からないことは書き留めた。

舟の仕事をしていた竜の民の男は、川上の道案内へ戻った。先の戦いで一緒に岸を塞いだ天馬の民の兵が、その隣を共に歩いた。

ポルフィラは二人を見送り、橋へ目を向けた。

〈西の町に、まだ帰れていない人がいる〉


オブシディオンが首を動かした。

〈王の兵がいる〉


〈うん。橋を守るだけじゃ、あの人たちは帰れない〉

ポルフィラは、町から逃れた竜の民の女を思い出した。連れを失った女は、運ばれた先でもその手を離さなかったと聞いた。

亡くなった人を取り戻すことはできない。家へ帰すことさえ、今はできていなかった。

〈次に兵を退かせるときも、誰かが死ぬかもしれない…〉


〈ああ〉


ポルフィラは、しばらく黙って鱗へ触れていた。

その返事を聞くたび、怖くなるし、人が傷つくことに慣れたくもなかった。


草地の向こうから、クラウスの家臣が来た。西岸の守りが整い始めたので、対岸の王兵の位置を空から確かめてほしいという。

クラウスも、町を取り戻すための作戦を始めるつもりだった。


ポルフィラはオブシディオンを見た。彼が頭を下げる。

角へ手を掛け、足を添えた。

首が上がるのに合わせて腰を落ち着けると、彼女は川の向こうを向いた。

「見てきます。戻ったら、私にも町の人たちの話を聞かせてください」


家臣がうなずき、翼の届かない所へ下がった。

ポルフィラは体を低くした。

オブシディオンが、二つの岸を隔てる川の上へ飛び立った。


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