第161話 父の兵を止める
王都から戻ったユリウスは、アズレインとの境界に兵を集めさせた。
王へ差し出す報告には、アドリアンが王命に背いても庇わない、と記した。
書き終えると、指揮を任せる家臣を呼んだ。
「息子には、最後の機会だと伝えろ。戻れば私が王へ取りなす。従わず兵を傷つけるなら、もはや命令に背く敵だ!」
天馬を失えば、一族が手にするはずだった大きな力も失われる。だが、王に息子をかばったと思われる方が恐ろしかった。
「兵を殺させてまで、息子を守る必要はない」
家臣が一礼した。
壁際で話を聞いていた若い男が、一歩進んだ。
アドリアンの弟フェリクスだった。彼も成人しており、父のもとで領地の仕事を学んでいた。
「兄上が戻られたら、父上の後を継ぐのですか?」
ユリウスは息子を見た。
「あの者に、この家を任せられると思うか?」
「王に逆らい続けるなら、難しいと思います」
ユリウスは指揮官へ向き直った。
「アドリアンを後継ぎのままにはしておけぬ。今後、フェリクスにも領内の報告を出せ」
フェリクスは頭を下げた。兄を思い直させたいとも、自分は継がないとも言わなかった。
ユリウスは、川沿いの荷揚げ場を示した地図を引き寄せた。
「こちらへも兵を回せ。ロデリクが物資を運び出す前に押さえろ。船を逃がすな」
*
アドリアンは、父からの使者をロデリクとともに迎えた。
使者は、ユリウスに仕える家臣だった。幼いころから顔を知る相手でもあった。
「お父上は、お戻りを待っておられます」
「私が戻れば、領境の兵は下がるのか?」
使者は答えなかった。
アドリアンは続けた。
「逃げた村人を返せと言わないでほしい。私が従えば、あの人たちまで父の言うとおりにさせられる」
「ご自身の立場をお考えください。王の兵へ刃向かえば、お父上も守れません」
「父に守ってもらうために、ここにいる人を渡すつもりはない」
使者はロデリクを見た。
ロデリクが口を開いた。
「アドリアン殿を留めているのは私ではない。本人の返事を伝えなさい」
そのとき、庭へ駆け込む足音がした。
荷揚げ場の見張りから来たアズレイン兵だった。
「川下から兵が入りました! 船を出そうとした者が、斬られています!」
アドリアンは使者を見た。
相手も驚いていた。別の部隊が動くことは、知らされていなかったらしい。
ロデリクが家臣を呼んだ。
「荷揚げ場へ兵を出せ!町の者を川から離し、倉へ避難させるな。占拠されれば閉じ込められる」
アドリアンはソレインへ走った。
*
荷揚げ場には、避難所へ送る穀物の袋が積まれていた。
運んでいたのは、天馬の民の船乗りと荷運び、仕事を手伝う竜の民の人々だった。
川下の岸から入ったアウレリス兵が、その間を押し分けていた。
アウレリス兵は桟橋の綱を切らせず、船を岸へつなぎ止めようとしていた。抵抗した船乗りが倒れ、仲間が倉の陰へ引いていく。
薄灰色の天馬が上を通ると、アウレリス兵の一人が叫んだ。
「アドリアン様だ!」
指揮官が顔を上げた。父に長く仕えてきた家臣だった。
「お戻りください! 王命によって、ここを押さえます!」
アドリアンはソレインを岸沿いの空き地へ下ろした。
「兵を下げろ。おまえたちが切りつけたのは、荷を運んでいただけの領民だ」
「王命に逆らう者たちを支える物資です。渡すわけにはまいりません」
近くのアウレリス兵が、船へ移ろうとした竜の民の男をつかんだ。
アドリアンが叫んだ。
「その手を離せ!」
兵は指揮官を振り返りながら、男の腕を離さない。
「あの人たちを捕らえて、父の所へ連れていくのか」
指揮官は返事をせず、弓を持つ兵へ手を上げた。
アドリアンはソレインを前へ出した。
矢が飛んだ。
ソレインが矢をかわし、アドリアンは鞍へ伏せた。耳のすぐそばで、矢の羽音がした。
次の矢をつがえる兵が見える。
「ソレイン、あの弓を止めて!」
薄灰色の翼が開いた。
岸にいた弓兵を突風が襲った。積んであった空箱が砕け、弓兵達とともに石の上を転がる。
そのうちの一人が動かなくなった。
アドリアンの喉が詰まった。
父の館で、顔を合わせたことがある兵かもしれなかった…
ソレインの首へ触れた手が震える。それでも、前を見て命じた。
「武器を捨てろ! これ以上、こちらを攻撃させない!」
男をつかんでいた兵が手を離した。
桟橋から離れようとした別の船では、アウレリス兵と船乗りが松明を取り合っていた。落ちた火が、荷を覆う布へ移った。
「船から離れろ!」
アドリアンはソレインでその上へ飛んだ。
慌てて兵が水際へ退く。船乗りたちは綱を切ったが、火のついた船には乗れず、流れに押された船が桟橋から離れた。
アズレイン兵の増援が着き、岸の出口を封鎖する。
アウレリス兵の指揮官は川下へ退くよう命じた。逃れられなかった兵は武器を置き、アズレイン兵が縄をかけた。
アドリアンは追わず、ソレインを下ろした。
岸には斬られた船乗りが横たわり、仲間の呼びかけにも動かなかった。
弓兵のいた場所でも、アズレイン兵が一人の死を確かめていた。
アドリアンは、どちらからも目をそらせなかった。
*
焼けた船は、下流で岸へ寄せられた。
積み込んであった穀物も、運ぶための船も失った。
ロデリクは被害を聞き、残った船の警護と、別の道での輸送を家臣へ命じた。
「父の兵を、ソレインに攻撃させました」
アドリアンが告げた。
ロデリクは、彼の握り締めた手を見た。
「何があったか、そなたからも聞く。誰を傷つけたかも記そう」
アドリアンはうなずいた。
父の命令を拒むだけでは済まなかった。今度は自分の兵が、息子に殺されたとの報告を聞く…
それでも、自分とソレインは引き返さない。
日が落ちる前にもう一度、残った船の上を見回ると、ロデリクへ伝えた。




