第160話 ともに守る岸
橋から逃れた人々は、西岸の道を領内の奥へ進んだ。
クラウスは避難所の担当を家臣へ任せ、自分は橋に近い宿場へ留まった。町に入った王兵が川を渡れば、荷車の列へ追いつく。
オブシディオンも、橋を見渡せる草地から離れなかった。
宿場の庭へ、竜の民の男たちが来た。
町の川舟で荷を運んでいた者と、近くの村の者だった。避難の荷車を押し終えたあと、家臣に話をしたいと申し出たという。
クラウスが出ると、舟の仕事をしていた男が頭を下げた。
「川上に、浅くなる所があります。水が少ない今なら、馬も通れます。見張りを置いてください」
守備を任された家臣が地図を開いた。
「ここか。巡回は出している」
「もう少し北です。岸が崩れて、前より入りやすくなっています。私が案内します」
家臣は男の示した場所を見た。
男は続けた。
「道を塞ぐ手伝いもします。家族が先へ逃げています。王の兵を追いつかせたくありません」
そばにいた天馬の民の兵が口を挟んだ。
「場所を教えてくれればいい。あとは兵がやる」
男は兵を見た。
「竜の民は自分の家族を守る相談にも、加われませんか?」
クラウスが二人の間へ入った。
「案内してもらおう。戦う訓練のない者を、すぐ兵の列へ入れることはできない。だが、川を知る者の助けは必要だ」
彼は家臣へ向き直った。
「兵を出して、渡り場を確かめろ。手伝う者にも食事と道具を渡せ。怪我をしたら、兵と一緒に手当てを受けさせる」
家臣は一礼した。
舟の男には案内を、同行を願った村の男たちには、守備兵とともに岸へ障害物を運ぶ仕事を頼んだ。
危険な仕事になることも伝え、家族の所へ戻ると言った一人を引き留めなかった。
*
川上へ着くと、男の言ったとおり、崩れた岸から浅瀬へ下りる道があった。
守備兵たちは荷車と丸太を運び、こちらの岸の出口を狭めた。
竜の民の男たちも一緒に土を掘り、丸太が動かないよう据えた。
空になった荷車は斜面で綱に支えさせ、必要なら横倒しにして、残った隙間も塞げるようにした。
作業の途中、向こう岸に騎馬の王兵が現れた。
見張りの笛が鳴った。王兵は川を確かめ、こちらの人数を見ると馬を進ませた。
「道具を置け! 下がれ!」
守備兵の隊長が叫んだ。
舟の男たちが丸太の後ろへ移る。王兵の馬が水を跳ね、浅瀬を渡ってきた。
隊長が槍を構えた。
馬を止めた王兵の一人が、鞍から身を乗り出して斬りつけた。隊長は盾で受けたが、横から来た別の兵のその槍が肩を突いた。
隊長が肩を押さえ膝をついた。
舟の男がその襟を引く。
丸太の陰まで隊長を引きずり、ほかの兵へ託す。
王兵の馬は、足元を塞ぐ丸太を越えられず、岸へ上がりきれずにいた。
「荷車の綱を切れ! 倒して塞げ!」
負傷した隊長が、肩を押さえて命じた。
兵が支えの綱を切り、村の男が荷車を押す。傾いていた車が横へ倒れ、出口を塞いだ。
王兵は馬を返し、後ろの馬とぶつかった。
こちらの守備兵が弓を射た。
一騎の王兵が馬から落ちる。残った王兵は川の中へ戻り、向こう岸へ退いた。
隊長は王兵を追わせなかった。こちらの岸でも、一人の兵が腹を押さえて倒れていた。
舟の男は、隊長の肩へ布を押し当てた。
「医師まで運びます。立てますか」
隊長はうなずきかけ、痛みに顔をゆがめた。
「……さっき、下がれと言ったのは」
「分かっています。逃してくれたんですね」
男が仲間を呼び、荷車の板を担架に使った。
*
負傷者が宿場へ運ばれたとき、ポルフィラも草地の端まで来た。
彼女のそばにはオブシディオンがいた。担架の通る道へは近づかず、医師が駆けていくのを待った。
腹を傷つけられた兵は、手当ての途中で亡くなった。
舟の男が、血のついた手を見下ろしていた。そばにいた別の兵が、水の入った桶を持ってきた。
男は礼を言い、二人で担架の血を洗った。
クラウスは報告を聞き、川上の守りへ増員を命じた。
川上を守るには兵の数が足りない。それでも、橋の守りを手薄にすることはできなかった。
「竜の民の希望者にも、武器の扱いを教えてほしいです」
舟の男が言った。
「次に来たとき、倒れた人を運ぶだけでは間に合わないかもしれません」
クラウスは、守備を任せた家臣を見た。
「希望を確かめ、兵と組ませて教えろ。食事も手当ても、武器を持つ責任も、ふたつの民で平等にな」
家臣は、亡くなった兵を見てからうなずいた。
*
領都の城では、エミールが家宰から避難者の報告を受けていた。
父クラウスから留守を任されたあと、川沿いの町から来る人は増え続けていた。
「運び込まれた負傷者は、医師が診ています。ただ、住民の寝場所が足りません」
家宰が告げた。
エミールは、城内の建物を書いた紙を広げた。
「兵を送り出して空いた宿舎を使おう。治療を受ける人は、運び出さなくていい。後から来る家族を、そちらへ入れてほしい」
「食料も、追加が必要です」
「私から倉の担当へ命令を出す。父上への荷車と、こちらで使う分を分けて知らせてくれ」
家宰がうなずき、担当の家臣を呼びに行った。
エミールは父へ送る文を書いた。引き受けられる避難者の数と、送れる物資を記す。
まだ用意できていない寝床を、急いで準備しなければならない。




