第153話 許せないままで
ポルフィラがレオノーラを通じて求めていた、エナとの面会が実現した。
今エナは王都の洗い場で働き、竜の力で王弟を殺してほしいとポルフィラへ託していた。
王領から出るには許可が要った。今回はオランデルの家臣が付き添い、面会後は王都へ戻るという条件で認められた。
ポルフィラは竜とともに、レオノーラの館に近い草地で待った。
エナはオブシディオンを見ると足を止めた。竜の顔がこちらへ向くと息が詰まったが、それでも娘の前まで歩いてきた。
二人が座り、レオノーラも横へ席を取った。
「私の頼みは、聞いたのですね?」
「はい。でも、セヴェランを殺すために、彼を連れていくことはできません」
エナはポルフィラを見た。
「怖いからですか?」
「怖いです。誰かを殺すことが。でも、襲われている人がいれば止めたいです」
エナは膝に置いた手を握った。
「襲われてからでは、死ぬ人もいます。私たちの所には、止めてくれる人は来ませんでした」
夫が家族をかばって殺されたこと。娘が壊れた家の下で死んだこと。
エナは短く話した。ポルフィラは、何も答えられずに聞いた。
「自由になれても、私はあの男を許せません」
「許してくださいとは、言いません」
レオノーラも、自由を求めることと王弟の責任を問うことの、両方が必要だと伝えた。
だが、処罰を約束することはできなかった。
面会を終えるとき、エナはポルフィラへ言った。
「夫と娘のことを、忘れないでください。あなたがこれから何かを選ぶときに」
「忘れません」
エナは礼を言わなかった。望んだ答えは得られないまま、迎えの家臣と帰りの支度へ向かった。
*
その後、ロデリクから救出の計画を知らせる使者が着いた。
捕らえられたのは、村人の訴えを届けたニコと、その文を書いた天馬の民のダリオ。二人の釈放と医師の面会を求めたが、ユリウスは拒んでいた。
裏切り者として、歩けないほど打たれたダリオも王領へ運ばれるという。
使者はレオノーラへ告げた。
「護送には、王領から来た受け取りの兵も加わります。ロデリク様は、村人だけを向かわせず、兵を出して二人を救うと決められました」
ポルフィラは立ち上がった。
「私も行きます」
レオノーラはすぐにはうなずかなかった。
「今度は、こちらが仕掛けるの?自領に踏み込まれたから、防衛していた時とは異なるわ。こちらから王兵に武器を向けることになる。もう引き返せないところまで争いが進むことになるでしょう…」
「では運び出されるのを諦観するだけですか?」
「それができない。できないからロデリクは兵を出すと言っているわ…」
ポルフィラは、エナのいた席を見た。
今は、罪のない傷ついた人が連れていかれると分かっている。戦いになるのが怖いから、誰かを傷つけるのが嫌だから…と、このまま話だけ聞いてここに残るのか……?
この先もずっと何もせず、心を痛めるだけで終わらせるのか…?
「……オブシディオンに話します。戦いになるとしても、一緒に助けに行きたいです」
レオノーラはうなずいた。
「私からも支援を出す。西と北の守りは、クラウスたちと分担するわ」
*
竜は救出の話を聞くと、一緒に行くと答えた。
〈あなたが行けば、兵は退いてくれると思いたい〉
ポルフィラが言うと、彼は静かに返した。
〈退かぬ者もいる〉
〈そうだね…行けば何が起こるか分からない…〉
〈ならば、何もかもを受け入れる覚悟が必要だ〉
ポルフィラはうなずいた。戦う覚悟ができたとは、まだ言えない。それでも、二人が死ぬかもしれないと知りながら、ここで心配だけしている事はできなかった。
角へつかまり、鱗の足場を使って登る。オブシディオンが体を起こす前に、彼女は身を低くした。
*
アズレインへ着くと、ポルフィラはロデリクの用意した救出隊と合流した。
隊を率いるのはアズレイン家の家臣達だ。ニコの村から逃れた若者が道を案内し、ダリオの弟も兄を運ぶために加わった。
救出隊を率いる家臣が、地図の曲がり角を示した。
「ここで囮の空の荷車を倒し、護送を止めます。その間に二人の縄を切り、護送の荷車ごと横道へ出します。この道を戻れば、アズレイン側へ抜けられます」
ダリオの弟が、囮の荷車を扱う。村の若者がニコの縄を切り、兵が相手の護送兵を押さえる。
アドリアンとソレインは、上から様子を見て退路を守る役だった。
「私たちは、最初から出ないのですか?」
ポルフィラが尋ねると、救出隊の家臣は答えた。
「護送兵が二人を盾にする恐れがあります。まず縄を解いて、逃げられるようにしたい。危険が増せば、すぐ合図を出します」
合図は、竿へ結んだ白い布。ポルフィラの待つ斜面から見える所へ、合図役の兵を置く。
ロデリクも計画を確かめ、出発前の隊へ告げた。
「二人を連れ出したら、こちらへ戻れ。相手が後退したら、決して追うな。お前達を他領へ入れる責任は、私が負う」
ポルフィラは、ダリオの弟が囮の荷車を確かめる姿を見た。
その手が震えていた。兄を助けたいと思う人も、戦いになることは怖いのだ。




