第152話 退路に立つ天馬
ニコが捕らえられた村から、竜の民の家族がアズレインへ逃れてきた。
領境の役人は事情を聞き、領主ロデリクへ知らせた。訴えを伝えた村人が連れていかれ、止めようとした男が死んだという報告だった。
ユリウスからは、反抗した村人を受け入れず返すようにという文も届いていた。
ロデリクは二つの話を確かめ、家宰と軍務を担う家臣へ命じた。
「ユリウスは民の命を何とも思っていない。もし引き渡せば、その者達の命も危うい。もはや、このやり方は度を越えている。私も三家と同じく、竜の民が自由に生きる権利を認める」
「王は、認めておられません」
家宰が言った。
「承知している。それでも、逃れてきた者を保護しているだけでは足りない。領内の竜の民にも、私の考えを伝えろ」
王へ竜の民の自由を要求する申し入れに、自分の名を加えるよう三家へ知らせを出した。これで同じ方針を掲げる家は、四家になった。
ロデリクは、領境の警備の兵を増やすよう指示した。逃れる家族を迎え、追ってくるアウレリス兵は入れない。そのための増員だった。
城に滞在するアドリアンにも、ソレインとともに道の様子を確かめてほしいと頼んだ。
*
領境近くで警備をするアズレイン兵が、畑の脇を走る家族に気づいた。
竜の民の父親が子供を抱え、母親も荷物を捨てて続いていた。後ろから、アウレリス兵が追っている。
「こちらへ来い!」
アズレインの兵が道へ進み出た。
父親が道へ上がったところで、追手の兵が追いつき、その腕をつかんだ。
「逃がすな。連れ戻せ!」
アズレインの兵が間へ入り、追手の手を払った。
「この家族は、こちらで受け入れる。離せ!」
追手の兵が剣を抜いた。押し合う家族へ向けて剣が振り下ろされ、それをかばったアズレイン兵が倒れた。
双方の兵たちが武器を構える。父親は子供を抱いたまま地面へ伏せた。
そのとき、道の上を大きな影が横切った。
明灰色の天馬ソレインが、兵の列から離れた場所へ降りる。鞍の上に、アドリアンがいた。
「双方とも下がってください!」
追手は巨大な天馬を見て足を止めた。アドリアンはアズレイン兵へ声をかけた。
「負傷した方と家族を、先に運んでください。こちらは私が引き受けます」
アウレリスの追手を率いる家臣が、彼を呼んだ。
「アドリアン様。お父上が、村人を戻せと命じておられます」
「父の命令でも、連れ戻すためだけに人を斬ることは認めない。兵を下げろ!」
ソレインが翼を開きかけた。追手の家臣は周囲の兵を見た。
ここで戦いを続ければ、天馬とアズレイン兵を相手にすることになる。家臣は退くよう命じ、追手は元の道を引き返した。
*
アドリアンが下りると、刺されたアズレイン兵は仲間に囲まれていた。
医師を呼びに使いが出ていたが、兵の顔色は悪くなるばかりだった。
逃れてきた父親が隣へひざをつき、何度も礼を言おうとして声を詰まらせた。
医師が着く前に、兵は息を引き取った。
城へ遺体が運ばれると、ロデリクは自分で兵の顔を確かめた。
この兵は、彼の命令で家族を迎えに出た。逃れてきた人々を守れたが、部下の一人を失った…
「家族には、私の命令で道を守っていたと伝えろ…」
ロデリクはそう命じ、ユリウスへ越境と領民殺害に抗議する文を出した。
*
その後、ダリオの弟が城へ来た。兄と同じく町で荷運びをする、天馬の民の男だった。
一緒に来たのはニコの村の若者で、捕縛の現場を見た竜の民だった。
弟はロデリクに話した。
「兄は、村人に頼まれた言葉を書いただけです。今はニコと一緒に閉じ込められ、王領へ送られることになっています」
「その話は、誰から聞いた?」
「護送の荷を用意している仲間です。兄が歩けないほど打たれているのも、食事を届けた者が見ています」
同行した村の若者が、捕縛を止めた村人の死を証言した。
ロデリクは二人の所在と医師の面会をユリウスへ求めたが、返答は拒否だった。調べに他家を入れるつもりはなく、王領への護送も止めないという。
ダリオの弟は、もう一度ロデリクへ頼んだ。
「運ばれる前に、兄たちを出してやってください。道順なら、仲間に確かめてもらえます」
ロデリクは、すぐには答えなかった。
護送を止めれば、他領の兵と戦うことになる……
それでも二人へ向き直った。
「分かった。道と護送の支度を確かめよう。こちらも兵を出す準備をする」




