第151話 自由を告げた日
三家が求めた、竜の民にも自由に生きる権利を認めるという申し入れを、王は退けた。
それでもクラウスたちは方針を取り下げず、自領では扱いを改めると告げた。住む場所も仕事も学ぶことも、生まれた民の違いで奪ってはならない。その判断の責任は領主が負うと、役人にも伝えた。
ヴェルディアの町では、天馬の民の仕立て職人が、仕事を頼んでいた竜の民の母子を迎えた。王命を理由に門で止められたが、家宰が送った監督の家臣が通すよう命じた。
町人の反対は残った。職人は二人を店へ入れ、仕事を頼んだのは自分だと周囲へ答えた。
*
ポルフィラが故郷の村に近い草地へ戻った日、ドランとミレアも娘を迎えに来た。
二人がオブシディオンと直接会うのは、初めてだった。
森の外へ出た途端、二人の足が止まった。黒い鱗が壁のように連なり、その上から長い首が伸びている。伏せているのに、顔は人の背より高かった。
ミレアはドランの腕をつかんだ。竜の顔がこちらへ向くと、ドランも一歩下がった。
「父さん、母さん。ここにいるよ」
ポルフィラは竜のそばから両親へ歩いた。ミレアは娘を抱きしめ、それから頬の傷に気づいた。
「怪我をしたの?」
「天馬の風がかすったの。もう、ひどくは痛まないよ」
ドランは娘の傷と、竜の鱗についた傷を見比べた。
この巨体が娘を乗せて戦った。聞いていた話が、ようやく実際の姿と結びついた。
「オブシディオン。娘を……守ってくれて、ありがとう」
声が震えた。竜がゆっくり顔を下げ、ドランはまた身を硬くしたが、踏みとどまった。
〈大切な者なのだな〉
ポルフィラだけに声が届いた。彼女は父の手を握った。
「オブシディオンに父さんの言葉は伝わっているよ」
翌日、村ではリナやシオンたちが大人へ文字を教え始めた。王と領主が何を命じたのか、自分でも読みたいと村人に頼まれたのだ。
管理者が持参した教科書を、人前で開く。参加を恐れて帰る者もいたが、残った者は筆を握った。ガルが父の書いた名前を指し、文字の形を教えていた。
人々は自分たちで生活を変えようと動き始めていた。
*
同じ頃、ユリウスが治めるアウレリスでも、三家の知らせが商人を通じて広がっていた。
ある村で、竜の民のニコが、村人の希望を領主へ伝える役を引き受けた。ニコも畑や運搬の仕事をする村人で、文字は書けなかった。
ニコが相談したのは、村へ品を運んでくるダリオだった。ダリオは町に暮らす天馬の民で、弟と荷運びをしていた。村人と何度も荷の積み下ろしをし、竜の民に親切だった。
「言ったことを、そのまま書いてくれないか?領主様へ、仕事や暮らしを選びたいと伝えたいんだ」
ニコの頼みを聞き、ダリオは紙を取り出した。
「何を頼んだか、書いた後でもう一度読む。それで確かめてくれ」
ニコは村人の希望を話した。ダリオが書き、読み上げる。言葉を直してから、ニコはその文を役人へ託した。
*
王都から戻ったユリウスは、届いた文を机へ置いた。
「村で言い出した者と、これを書いた者を連れてこい」
天馬の民の家臣が尋ねた。
「申し立ての内容を、お確かめになるのですか?」
「三家の言葉で私の命令を拒む気か、調べる」
兵が村へ入り、ニコを仕事場から呼び出した。
「反抗を呼びかけた件で連れていく」
「話を聞いてほしいと頼んだだけです」
ニコが答えても、兵は腕を取った。周囲の村人が、どこへ連れていくのかと寄ってきた。
年配の竜の民の男が、ニコの前へ立った。
「一人で言ったことじゃない。俺たちも同じことを――」
兵が槍の柄で男を突いた。男はよろめき、仕事場の石段へ頭を打った。
ニコが駆け寄ろうとすると、別の兵に地面へ押さえつけられた。
倒れた男は、日が落ちる前に息を引き取った。
ニコは縄を掛けられて連行され、ダリオも町の仕事場で捕らえられた。村人の訴えを広めたとして、二人は同じ場所へ閉じ込められた。
ユリウスは死者が出たと聞いても、気にもしなかった。
「王へは、村人が兵に抵抗したと伝えろ。逃げる者が出たら連れ戻せ」
その夜、村を逃れる家族がいた。残ってニコを返すよう求める者もいた。
朝になると、村へ続く道に兵が立った。




