第147話 同じ道を逃げる
オランデルの街道を、荷車がゆっくり進んでいた。
脇を歩くのは、町で店を営む天馬の民の商人だった。荷を下ろした車には、同じ町から避難する老人や子供を乗せている。
詰所で戦いが始まったと、レオノーラの家臣が知らせて回った。
店を閉めて逃げろと言われても、持ち出せる品はわずかだった。荷車を出せば年寄りを乗せてくれと頼まれ、自分の荷を下ろすことになった。商人は何度も後ろを振り返った。
その後ろを、王領から逃れ、レオノーラに保護されていた竜の民の一行が歩いている。戦いを避けるため、さらに領地の奥へ移ることになったのだ。
竜の民の若い男が一人、商人に追いついて車輪へ手を添えた。
「坂の間だけ、押します」
商人は返事に詰まった。断れば、その分だけ自分が押さなければならない。
「……頼む」
若い男はうなずき、歩調を合わせた。
*
領境から離れた町の外で、オランデル家の家臣たちが避難者を迎えた。レオノーラの指示を受けて待っていた。
空けられた倉庫へ、荷車から降ろした老人が運ばれる。竜の民の一行も続こうとすると、先に避難していた天馬の民の男が戸口へ出た。
「こいつらも、ここへ入れるのか?」
家臣が答えた。
「雨風を避けられる場所は、皆に必要だ」
「この者たちを王へ返せば、兵は引くんだろう。なぜ俺たちが家を出なければならない?」
竜の民の女が、抱えていた包みを胸へ寄せた。家臣は戸口の男へ向き直った。
「引き渡しを断ったのは領主様だ。この人たちに決めさせたことではない。文句があるなら、私が預かる」
それでも戸口の男は動かなかった。商人が荷車の柄を下ろした。
「どいてくれ。年寄りを横にしたい」
「おまえは構わないのか?」
「構うかどうかは、あとで考える。ここまで同じ車を押してきたんだ。外へ置いて、俺だけ休めるか」
戸口の男は顔をしかめたが、脇へよけた。竜の民の女が包みを抱えて入り、車を押していた若い男も続く。二人に礼を言われても、商人は顔をそらした。
自分の店へ戻れるのかも分からない。気持ちよく迎える余裕などなかった。それでも戸を閉める手は止めた。後ろから、まだ人が来ていた。
*
ポルフィラは、避難先の町から少し離れた草地にいた。
オブシディオンを見て荷車が止まり、二つの民の避難者が道の端へ逃げた。迎えに出たオランデルの家臣が、こちらへ向かわず町へ進むよう声をかけている。
ポルフィラは鱗へ手をついたまま、その列を見ていた。
レオノーラは先にヴェスペラで詰所へ向かった。
ポルフィラには、この町で次の知らせを待ってほしいと言ってある。王家の天馬がどちらへ向かったか、確かめなければならない。
待つ間にも荷車が来た。オランデルの町でパンを売る、天馬の民の女も来ていた。王領から逃れてきた竜の民へ、自分からパンを届けた女だった。
今は避難先へ運ぶ食べ物を家臣に渡している。
竜に気づくと足を止めたが、仕事を投げ出して逃げたりしなかった。
ポルフィラが近づくと、女は一歩下がった。
「すみません。まだ、怖くて」
「ここから話します」
ポルフィラは足を止めた。女はオブシディオンを見上げ、それから彼女を見た。
「竜がいれば、兵は来ないんでしょうか?」
ポルフィラはすぐには答えられなかった。
「ここへ来たら、守ってと頼みます。でも、ほかの場所へ兵が行かないとは言えません」
「そうですか……」
女の表情が曇った。聞きたかった返事ではなかったのだろう。
別の荷車が町の方から戻ってきた。
腕を布でつった兵が乗っている。詰所を守って負傷したオランデル側の兵だった。
女は空になった籠を持ち直し、家臣へ言った。
「店に残っている分も持ってきます。運ぶ人を一人、貸してください」
家臣がうなずいた。ポルフィラは声をかけられなかった。
女は竜を信じきれなくても、食べ物を運び周りを助けることを選び行動を起こした。自分はここで、ただ知らせを待っている。
*
西から来た使者は、クラウスに仕える家臣だった。草地へ着いたとき、乗ってきた馬の首は汗で濡れていた。
「ヴェルディアから参りました。リゼリア様がクラウス様のもとで書かれた文を、お預かりしています」
オランデルの家臣が受け取り、封を確かめて読んだ。
ノクスが王の兵とともに西へ向かった。クラウスは砦を明け渡さず、近くの町と村を避難させている。
リゼリアはシルヴァとともに、その守りについたという。
ポルフィラは立ち上がった。
「黒い天馬が、来たんですね?」
家臣がうなずいた。
別の道から、詰所へ向かったレオノーラの伝令も戻った。
こちらの街道には、セヴェランを乗せた白いアルディスが現れたという。
ポルフィラは二人の使者を見た。机の上で聞いていた二つの場所が、今は目の前の二本の道になっていた。




