第146話 越えられた領境
王の前へ呼ばれた指揮官は、地図の上で二つの道を確かめた。
南の道はオランデルへ続いている。もう一つは、王領から西のヴェルディアへ入る街道だった。
「兵を分けるのですか?」
「そうだ。オランデル側は、領境を越えて街道の詰所を押さえろ。王領の民を戻すまで、兵を置く」
指揮官は顔を上げた。
「拒まれた場合は?」
「武器を持って通行を阻む者は排除してよい。逃げる者は追うな。町や村を焼くことも禁じる」
王は西の道を指した。
「こちらは砦を押さえる。クラウスが私の命令を妨げるなら、王の兵を置いて従わせる」
「二か所とも、抵抗を受ける恐れがあります」
「そのために天馬をつける」
指揮官の目が動いた。
「オランデルへは弟を送る。西へはノクスを向かわせる。私から、進む兵を守るよう伝える」
王は二頭を出すと決めた。
あの竜がどちらへ飛んでも、もう一方にまでいることはできない。
王都を守るノクスが離れることには不安があった。だが、兵を動かさず三家の返事を待ち続けることは、もうしない。
「天馬が向かえば、相手の兵も道を空けるはずだ」
指揮官は、王の顔を見た。
空けなかったときに何が起こるのか。それを尋ねかけ、先ほどの命令を思った。
武器を持って阻む者は、排除してよい。
今度は、王の指示を待てという命令ではなかった。
*
セヴェランには、王自身が告げた。
「オランデルの街道を押さえる兵に同行しろ。指揮官へ進軍の命令を出してある」
セヴェランの顔が明るくなった。
「レオノーラを説得して参ります」
「詰所を押さえるためだ。娘を探して城へ乗り込むな。逃げる領民へ手を出すことも禁じる」
「兵に抵抗する者は?」
「武器を持って阻む者に限る。おまえの判断で村を罰することは許さぬ」
セヴェランは頭を下げた。
部屋を出ると、廊下にいたユリウスが近づいた。
「殿下がお出ましになれば、三家も考え直しましょう」
「竜がいなければな」
セヴェランは足を止めずに答えた。
頭上に黒い翼が開いたときのことは、忘れていなかった。
今度は、あれがどこにいるのか、確かめながら進まなければならない。
*
オランデルの城へ、王の新しい命令が届いた。
レオノーラは読み終えると、家宰と軍務を担う家臣へ渡した。
「詰所を明け渡せと。こちらの兵は道を空け、王兵の通行を認めろという命令よ」
軍務の家臣が顔を上げた。
「お認めになりますか?」
「認めれば、その先へも進める。保護している人たちを連れていかれてからでは遅いわ」
レオノーラは地図を広げた。
「詰所の兵は引かせない。ただし、こちらから王領へ攻め込まないこと。街道近くの人たちは先に避難させて」
家宰が書き留めた。
「保護している一行も、領境の休憩所には置いておけない。もっと奥へ移すわ」
「町では、受け入れを嫌がる者もおります」
「引き渡しを拒んだのは私の判断だと伝えて。避難してきた人たちへ責めを向けさせないで」
命令を出した後、レオノーラは草地へ向かった。
ポルフィラとリゼリアが待っていた。
「王が、二つの場所へ兵を入れると告げてきたわ。ここだけでなく、ヴェルディアにも」
ポルフィラの顔から血の気が引いた。
「クラウス様は、知っているんですか?」
「同じ命令が届くはずよ。でも、返事を待つ時間はない。リゼリア、こちらが受け取った内容も伝えてきてくれる?」
リゼリアはうなずいた。
「西の道も確かめてきます」
ポルフィラは彼女を見た。
一緒についていきたいと言いかけた。だが、自分が離れれば、オランデルには竜がいなくなる。
レオノーラが言った。
「王家の天馬がどちらへ向かうか、まだ分からない。まずは確かめる。それから、どこへ行くか相談しましょう」
*
オランデルの領境で、王の兵が動き始めた。
道の向こうに並んでいた槍が近づいてくる。
詰所を預かるオランデルの家臣は、部下を道へ立たせた。
「止まれ。領主様は、王兵の駐留を認めておられない」
王側の先頭にいた家臣が、文を開いた。
「王の命令である。詰所を明け渡し、道を空けよ」
「こちらにも、守るよう命令が出ている」
双方の兵が止まった。
王領の道を見張るだけだった兵が、今は領境を越えている。
王側の家臣が文を畳んだ。
「王命に逆らう者として扱う」
槍先が下がった。
オランデルの家臣は剣を抜いた。
後ろの道を、最後の荷車が逃げていく。その車輪の音が遠ざかる前に、盾と槍がぶつかった。




