第145話 王へ出さない兵
アズレインの城で、ロデリクは王の使者へ返事を渡した。
「兵は出さない。オランデルを攻めるための兵糧も用意しない」
使者は文を受け取りかけて、手を止めた。
「王命へのお返事は、それでよろしいのですか?」
「三家は、村を出た者の事情を調べるよう求めている。私も、引き渡しより調査を先にすべきだと考えている。そのための使者や費用なら出す」
「陛下は、命令に従わせるために兵を求めておられます」
「分かっている。だから断る」
ロデリクは使者の目を見た。
「領民へ剣を向けることになれば、私の兵にも責任が生じる。どう使われるか分からぬまま、預けるわけにはいかん」
使者はそれ以上尋ねず、頭を下げた。
*
使者が去った後、ロデリクは家宰と軍務を担う家臣を残した。
「領内の守りを確かめろ。王へ兵を出さぬと言った以上、こちらにも兵が来るかもしれない」
軍務の家臣が尋ねた。
「港へ入る王の船も止めますか?」
「商いまで止めるな。兵や武器を運んでいると分かれば、入港前に報告を求める。勝手に攻撃はするな」
家宰が文を置いた。
レオノーラから、天馬を領民へ向けることに反対してほしいと求める文だった。
ロデリクは読み返した。
海へ続く川には、舟を待つ倉庫が並んでいる。船が着けば荷を下ろす者が集まり、魚の市が立つ。天馬が一頭降りるだけで、その人々は逃げ場を失う。
自分の一族には、天馬と繋がった者がいない。
城にいる一人の青年を頼れば守れるなどとは、考えられなかった。
「レオノーラへ返事を書く。天馬で領民を襲うことには反対すると、王にも伝える」
「三家に加わられるのですか?」
家宰の問いに、ロデリクは首を振った。
「すべてに同意したわけではない。だが、今回は傍観できん」
*
アドリアンは、城の外の草地でソレインの首をなでていた。
竜を見た後しばらく続いていた震えは、もう収まっている。それでも大きな鳥影が横切ると、ソレインは顔を上げた。
ロデリクが近づくと、アドリアンは手を下ろした。
「王へ兵を出さないと返事をされたのですね」
「ああ」
「私にも、できることはありませんか?」
「何を考えている?」
「オランデルへ行こうと思っています。王家の天馬が向かうなら、ソレインも戦えます」
ロデリクは青年の隣へ立った。
「君がここにいるだけで、守られていると思っている者もいる」
アドリアンは城へ目を向けた。
保護された三人は、もう家族の所へ帰っている。それでも、竜と天馬が王の兵を止めたという話は、港にも城下にも広まっていた。
「ここを離れれば、その人たちが危険になるのですね…」
「君が残っても、港から離れた町まで同時に守れるわけではない。だが、君を当てにしている者がいることは、知っていてほしい」
アドリアンはしばらく答えなかった。
父の言う通りにソレインを使うのは嫌だった。
では、自分がいいと思った場所へ飛ぶのは正しいのか?
ソレインが鼻先を彼の肩へ寄せた。
「まず、ここに残ります。王家の天馬が来たら、私が止めます」
「一人で引き受けるとは言うな。まず皆で領民を逃がすことが先決だ」
ロデリクは城を振り返った。
「ほかの領地にも、食料を送る用意をする。避難した者が、食べるために危険な場所へ戻らずに済むように」
アドリアンはうなずいた。
「その準備を手伝わせてください」
*
王都へ戻った使者から返事を受け取ると、ヴァルテルは読み終えた文を机へ置いた。
先に届いたリュシエンヌの返事も、兵を出すと約束していなかった。
三家だけではない。
王は、二つの文を並べた。
「ロデリクも、リュシエンヌも、自分が許した使い方でなければ兵を出さぬというのか」
控える王の家臣は黙っていた。
ユリウスだけが、進み出た。
「私の兵は支度を進めております。どうぞ、お命じください」
王はその声を聞きながら、地図を引き寄せた。
兵を集めても、三家は引き渡しに応じない。他家も加わらない。
次に命じたことも実行できなければ、王の指示は断ってよいものになる。
ヴァルテルは家臣へ言った。
「領境にいる指揮官を呼び出す。これからの命令を、直接伝える」




