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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第143話 王の兵が向かう先

王都の城で、ユリウスはヴァルテルの返事を待っていた。

「三家が返さぬと申すなら、兵を集めるべきです。命令に叛いても処罰がないと思えば、他の家まで従わなくなります」


王は机に置いた地図を見ていた。

あの娘の後ろに伏せていた竜を思い出す。顔が動くだけで、家臣も兵も身をすくめた。

正面から兵を向ければ、また退かされる。

「竜は、どこにいる?」


王が尋ねると、控えていた王の家臣が答えた。

「ヴェルディアへ戻ったとの報告です。その後の居場所は、まだ確かめられておりません」


「娘とともにいるのだろうな?」


「はい。離れているという話は聞いておりません」


ユリウスが身を寄せた。

「でしたら、娘のいない所へ兵を向ければよいのです。竜がそちらへ飛べば、別の場所を押さえられます」


ヴァルテルは顔を上げた。


ユリウスは口を閉じた。王が怒ったのかを探るように、その顔を見ている。


「おまえの兵は出せるか?」


「王のお命じのままに。兵糧も用意いたします」


「では、用意を進めろ。動かす場所は私が決める」


ユリウスは頭を下げた。


王は家臣へ向き直った。

「オランデルへ続く王領の道に兵を集める。まだ領境は越えるな。通る者を無差別に捕らえることも禁じる」


「引き渡しに応じた場合は」


「兵を退かせる。そう伝えよ」


文を書き留める音がした。


「ロデリクとリュシエンヌにも、兵と兵糧を出すよう求める。三家の命令違反を認めるのか、返事をさせろ」

あの二人まで三家に同調すれば、竜だけの問題ではなくなる。

王は娘を自分の側へ置けなかった。だからといって、三家が何をしても手を出せぬと思わせるわけにはいかなかった。


*


セヴェランは、出発の支度をする兵たちを城の窓から見ていた。

呼ばれて王の部屋へ入ると、すぐに尋ねた。

「今度は、私も行くのですね」


「待て」

王の短い答えに、セヴェランは眉を寄せた。

「兵だけでは、また領主たちに拒まれます」


「今は、戦いに行かせるのではない」


「ですが、あのままにしておけば……」


「引き渡しを拒む理由に、これ以上、おまえの早計な行動の件を使わせたくない」


セヴェランの顔がこわばった。


王は続けた。

「アルディスは、あの竜の前で何もできなかった。おまえ自身も、保護されている三人を連れて戻れなかった。そのことを忘れたのか?」


返事はなかった。


ヴァルテルは弟から目を離した。

「指示があるまで王都にいろ。ノクスも、まだ出さぬ」

セヴェランが退出した後も、王はしばらく扉を見ていた。

天馬を飛ばせば、三家は竜を動かすだろう。

どこへ向かうか。それを見れば、手薄になる場所も分かる。

だが、今すぐ襲撃を命じるつもりはなかった。あの竜が王都へ向かってきたら、自分を守るものがなくなる。


*


ヴィオレスタへ届いた王の文には、オランデル領境へ向ける兵の支度を求めるとあった。

リュシエンヌは読み終えると、家宰へ渡した。

「三家との戦いに、こちらの兵も加われということね」


「王命に従わせるための派遣、とあります」


「領境を越えずに済めば、そう言えるでしょう。でも三家が断り続けたら?」


家宰は返事をしなかった。


机には、レオノーラから届いた文もあった。

避難民を受け入れる方針すべてへの賛同ではなく、領民への天馬による襲撃に反対してほしいと書かれている。

リュシエンヌは、王都の外で見た竜を思い出した。

あれと天馬が争えば、その下にいる人々はどうなるのか。兵の数などあてにはならない。


「レオノーラ様は、王が町や村を襲うと決めつけているのでは?」

家宰が尋ねた。


「王がそう命じたとは、書いていないわ。そうなれば守れないと、あの人たちも分かったのでしょう」

自分の領地にも天馬はいない。

今は王の側に立てば安全なのかもしれない。だが、一度でもこのやり方を認めれば、王に逆らった領主の民は攻撃してよいことになる。

「兵を出す前に、王へ確かめるわ」

リュシエンヌは筆を取った。

村を出た者たちの事情を調べる前に、なぜ兵が必要なのか。

領主を従わせるために、戦っていない領民まで天馬で脅すことはしないと約束できるのか。

返事があるまでは、兵を出す承諾を控えると記した。


家宰が文を確かめ、顔を上げた。

「陛下のお怒りを買う恐れがあります」


「ええ。でも、行き先も役目も曖昧なまま、領内の兵を預けることはできないわ」

レオノーラへの返事も書いた。

王へ確認を求めたこと。竜の民が自由に他領へ移ることには、まだ賛同できないこと。それでも、領民へ天馬を向けることには反対するということ。

二通の文を別々に封じた。

どちらか一方に従うだけでは済まない所まで、話は進んでいた。


*


王都を出た兵たちは、南へ続く道を進んだ。

城門の外で荷車を寄せた商人たちが、列が通り過ぎるのを待った。


「今度は、どこへ行くんだ」

誰かが尋ねた。


答えられる者はいなかった。


その列に、天馬の姿はなかった。

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