第14話 灯りを持つ人
仕事を終えたドランが産屋跡へ着くと、ガルとシオンの父親は戸の前で待っていた。ドランは縄を外し、三人で中へ入った。
窓から差す夕方の光が、床の一部を照らしている。ガルの父親は、壁際に置かれた籠を見た。
「ここへ道具を置いたことはあるが、壁の奥まで調べたことはなかったな」
ドランが答えた。
「俺も同じだ。まず、上の部屋を見よう」
三人は床や壁を確かめ、屋根を支える木を見上げた。窓の下では床板が傷み、足を置くと沈むところがあった。
シオンの父親が言った。
「この板は替えた方がいい。物を取りに来た者が、足を取られても困る」
ドランはうなずいた。屋根にも直した方がよいところはあった。すぐに材料がそろうかは分からないが、三人で手分けして、必要な木を用意することにした。
ひと通り見終えると、ドランは奥の壁へ向かった。二人に離れてもらい、くぼみへ手を置く場所を教える。石がこすれる音とともに壁が動くと、ガルの父親が息をのんだ。
「本当に、階段があるんだな」
シオンの父親も、暗い入口を見ていた。ドランは灯りをつけ、欠けた段を照らした。
「ここは端を踏まないでくれ。下にも割れ目がある。俺が先に見るから、一人ずつ来てくれ」
ガルの父親は道の方を確かめ、戸を閉めた。
「暗くなる前に戻ろう。誰かに捜しに来られても困る」
*
地下へ下りると、ドランは天井の割れ目を示し、その下へは近づかないよう伝えた。ガルの父親は崩れた棚を見て足を止める。
「子供たちは、こんなところにいたのか」
ドランが答えた。
「ああ。だから、もう下りさせていない」
三人で灯りを動かし、階段から石板までの足元と天井を確かめた。欠けた段は直す必要がある。天井も、割れ目のあるところをそのままにして、長く作業するわけにはいかなかった。
シオンの父親は上を見た。
「支えを入れよう。字を写す間、ここに立ち続けるなら、天井を今のままにはできん」
ガルの父親も、灯りの届く範囲を見回した。
「木を運ぶにも、この入口じゃ一度に持ち込めん。先に寸法を見て、上で切ってから運ぶ方がいい」
三人は、必要な支えと、足を置けるように直す段を確かめた。その場ですぐに手を加えることはせず、材料を持って出直すことにした。
ドランが石板へ灯りを向けると、二人の絵と、そのそばに刻まれた文字が浮かび上がった。ガルの父親は口を閉じた。シオンの父親は石板へ触れず、刻まれた字を目で追った。
「ここから、あの子たちは写したんだな」
ドランはうなずいた。
「昨日、名前のあとを少し読めたそうだ。この村で生まれた人のことらしい」
シオンの父親がドランを見た。
「どんな人だ」
ドランは首を振った。
「まだ分からん。エルディオという名前だけだ。その先も、写したところが全部読めたわけじゃない」
二人の絵の下にも、字は続いていた。子供たちが持ち帰ったのは、その一部にすぎない。
シオンの父親は灯りを受け取った。
「おまえが写すなら、俺がこれを持とう。石の字と、同じ形に写せたかも見られる」
ドランは相手へ向き直った。
「手を貸してくれるのか」
父親は石板を見た。
「息子が何を知りたがっていたのか、俺も確かめたい。ここへ来て、この字を見ても、俺には何も読めん。だが、あの子には読めるところがあるんだろう」
ドランはうなずいた。
「ああ」
シオンの父親は声を落とした。
「妻にも、何をするつもりか話す。あの子に読ませる間、戸口を気にしているのは妻も同じだからな」
ガルの父親が口を開いた。
「俺は、写す方までは手伝うと言えん。家でもまだ話がついていない。だが、階段と天井を直す手は貸す」
ドランは二人を見た。
「ありがとう。うちで読めたことも、隠さず伝える。だが、それを子供に話すかは、おまえたちに決めてもらう」
ガルの父親は短くうなずいた。ドランは石板へもう一度目を向けた。文字を写すには、木片も灯りも、今日より多く要る。順番を違えずに持ち帰れるよう、上で準備してこなければならなかった。
ガルの父親が入口へ向かった。
「今日は戻ろう。ここで相談を続けることもない」
*
別れたあと、ドランは村長の家へ寄った。地上の床板と屋根を直すこと、石板を写すために、地下の段と天井にも手を入れたいことを話した。
村長はうなずいた。
「上の部屋も、直したあとにもう一度確かめよう。それまでは、物を取りに来る者も入らせんように。子供たちの本や写しは、今は家で扱わせてくれ」
ドランが答えた。
「はい。建物を直したからといって、皆で集まって読ませるつもりはありません。それぞれの家で決めてもらいます」
ドランは今日の報告を終えてから、娘たちが読んだ名前を伝えた。
「エルディオという人をご存じでしょうか。石板には、この村で生まれたと書かれているようです」
村長は名前を小さく繰り返した。それから、首を振った。
「覚えがないな。村で聞いた話にも、その名は出てこなかったと思う」
ドランは少し黙った。名前を伝えれば、何か聞けるかもしれないと思っていた。だが、村長にも覚えがなかった。
村長が尋ねた。
「その人のほかには、何が書いてある」
ドランが答えた。
「まだ読めません。直してから、続きを写してこようと思います」
村長はうなずいた。
「分かったことがあれば、わしにも聞かせてくれ」
*
家の窓に灯りがともるころ、ドランは帰り着いた。ポルフィラは食事の支度を手伝っていたが、父を見ると手を止めた。
「どうだった?」
ドランは、替える床板と、下へ運ぶ支えの木が必要だと話した。シオンの父親が、文字を写すときにも手を貸したいと言ってくれたことも伝える。
娘の顔が明るくなった。
「シオンのお父さんが?」
ドランはうなずいた。
「家でも相談してもらう。先に階段と天井を直して、それから二人で写すつもりだ」
ポルフィラは母を見た。ミレアは椀を並べながら、娘へ言った。
「建物を直しても、またあそこで本を読むということではないのよ」
ドランも娘へ言った。
「物を取りに来る者のためにも、上の部屋は直しておきたい。おまえが字を調べるのは、当分、この家で、俺か母さんがいるときだけだ」
ポルフィラはうなずいた。友達と会うときも、それぞれの家の許しが必要なのは、昨日聞いていた。
ミレアは夫へ向き直った。
「皆、下りたのね。何もなかった?」
ドランが答えた。
「ああ。暗くなる前に戻った。材料がそろったら、また行く」
「名前も、村長に聞いてくれた?」
父が答えた。
「聞いた覚えはないそうだ」
ポルフィラは少し肩を落とした。名前が分かれば、誰かにその人の話を聞けると思っていた。
ドランは娘へ言った。
「だが、石にはまだ字が残っていた。昨日読めたところの先にもな」
娘が顔を上げた。
「今の写しより、もっと続きがあるんだね」
父はうなずいた。ポルフィラは、木片をしまった場所を見た。村長も名前を知らなかった。その人のことを教えてくれるのは、今は地下に残された文字だけだった。
まだ何が書かれているかは分からない。けれど、父が字を写し、シオンの父が灯りを持って確かめてくれる。ポルフィラは、続きを読める日のために、今分かる字を覚えておこうと思った。




