第13話 この村の子
ドランが村長を訪ねてから、二日が過ぎた。産屋跡の戸の前には縄が渡され、物を置いている家にも、今は入らないよう伝えてあった。
その朝、ドランはガルとシオンの父親に会い、床や屋根を一緒に確かめてもらえないかと頼んだ。ガルの父親は畑へ持っていく籠を下ろした。
「建物を見るのは手を貸せる。だが、うちの子に、また本を読ませるかは、まだ決めていないぞ」
ドランが答えた。
「分かってる。建物を見てもらったから、字を調べるのにも賛成したとは思わん」
ガルの父親はうなずいた。ドランは、地下へ入れるようになったら石板の全文を写したいことも話した。父親は眉を寄せた。
「そこまで調べるつもりなのか」
ドランは目をそらさず答えた。
「ああ。だが、そっちの手伝いまで頼むつもりで来たんじゃない。何をしようとしているか、黙っておくわけにはいかんと思ってな」
シオンの父親が口を開いた。
「まず建物を見よう。階段や天井がどうなっているかも、話だけでは分からん。写すことは、そのあとで相談すればいい」
三人は、翌日の仕事が終わってから産屋跡へ行くことにした。子供たちは連れていかない。今日のところは、石板を写す手伝いを誰がするかまでは決まらなかった。
*
昼過ぎ、ポルフィラの家へシオンとセラが来た。母親たちも一緒だった。前と同じように、大人がそばにいる間だけ、本と写しを見てもよいと話がついていた。
ポルフィラは教科書を開き、二人の前へ自分の木片を置いた。
「昨日も、名前のあとの字を探してたの。『子』の前にある、これ」
セラが木片へ顔を寄せた。ポルフィラは教科書の別の頁を開く。村の暮らしを短い文で説明しているところだった。
「『村』に似てると思う。ここにも出てくるでしょう」
シオンは自分の木片を並べた。二人の写しの字は、どちらも教科書の「村」に似ていた。
セラが言った。
「そこを『村』にして、名前から読んでみて」
ポルフィラは、木片に指を添えて読んだ。
「エルディオは、この村の子として生まれ……」
そこで言葉が途切れた。「生まれ」の先は、石が欠けていて、二人の写しでも形が違う。けれど、その手前までは一つの文として読めた。
ミレアがそばへ来た。
「どんなことが書いてあったの?」
ポルフィラは顔を上げた。
「エルディオが、この村で生まれたってことだと思う」
セラもうなずいた。
「前は、誰かの子供が生まれた話かと思ったけど、エルディオの生まれた村を書いてあるんだね」
シオンが写しの続きを見た。
「このあと、何が書いてあるんだろう」
シオンの母親が息子へ尋ねた。
「今のところは、二人の写しで同じだったの?」
シオンが答えた。
「はい。ポルフィラのと、僕のを比べました」
母親は、うれしそうな息子の顔を見た。家でも続きを読みたがっていた理由が、少し分かった。
セラがポルフィラに尋ねた。
「村長は、この名前を知ってるかな」
ミレアが答えた。
「お父さんが村長に話したのは、下の部屋と石板があることよ。名前は、まだ伝えていないわ」
ポルフィラは母を見た。
「父さんに、今日読めたところを話す。名前を聞いてもらえないか、頼んでみるね」
セラはうなずいた。木片の文字が、知らない誰かの名前から、少し近いものになった。六人が暮らす村で、その人も生まれた。
ポルフィラは、自分の木片の余白に、今日読んだ言葉を続けて書いた。三人は、読めなかった続きも木片に残した。次に調べたいところが、はっきりしていた。
*
夕方、ドランが家へ戻ると、ポルフィラは父を呼んだ。友達と母親たちは、約束した時間に帰ったことを先に伝え、それから木片を見せた。
「ここ、読んでみるね」
娘は昼に確かめた言葉を、一つずつ読んだ。
「この村で生まれたと書いてあるのか」
ポルフィラが答えた。
「そう読めると思う。でも、その先はまだ分からない」
ドランは椅子へ座った。村で生まれた人なら、どこかの家に話が伝わっているだろうか。
娘が尋ねた。
「村長に、名前を聞いてもらえないかな」
父は少し考えた。
「次に建物の様子を知らせるとき、聞いてみよう。だが、知っているとは限らんぞ」
ポルフィラはうなずいた。
「うん。下の部屋のことも知らなかったんだもんね」
ドランは、ガルとシオンの父親と建物を見に行くことも話した。娘は身を乗り出した。
「明日、行くの?」
父が答えた。
「ああ。石板を写しに下りるには、先に階段と天井を確かめないとな。明日は、床や屋根も含めて、どこを直す必要があるか見てくる。そのあとで、写す手伝いもしてもらえるか相談するつもりだ」
ポルフィラは、浮かせた腰を椅子へ戻した。
「分かった。待ってる間に、写しの続きを調べるね」
エルディオも、この村で生まれた子供だったのかもしれない。家の前の道を走ったり、畑へ手伝いに行ったりしたのだろうか。ポルフィラは窓の外を見た。夕方の道を、籠を抱えた村人が帰っていく。
この村で生まれた人なら、名前を知っている人はいるだろうか。その人に何があって、石板へ書き残されたのか。ポルフィラは、明日も続きを調べたかった。




