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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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136/223

第136話 帰ってきた娘

三人を乗せた荷車が、宿舎を出た。


世話役の女性は、見送りに来たポルフィラへ頭を下げた。

「帰って、家族の顔を見てくるよ」


「はい。足も、無理をしないでください」


怪我をした男性が、荷台から手を上げた。ロデリクの家臣が付き添い、村で待つ王の調べの者へ三人を送り届ける。


ポルフィラは、車が道の先へ消えるまで見送った。


*


クラウスからの返事が届くと、リゼリアは先に帰りの着地場所を確かめた。

村から離れた、森の外の草地だった。オブシディオンが翼を広げられる広さがあり、近くで働く者へも知らせが出された。

ポルフィラが帰ることは、家族にも伝えられた。

ロデリクへ礼を言い、出発の日を迎えた。

角を手掛かりに頭へ登ると、前よりは迷わず足を置けた。それでも体が起き上がれば、角を抱く腕には力が入った。


〈苦しくないか〉


〈しがみつきすぎてるような気がする〉


〈足も使え。少し緩めてみろ〉


鱗へ掛けた足を確かめ、指の力を少し抜いた。

オブシディオンは待ってから歩き出した。


*


リゼリアとシルヴァが先を飛んだ。

ポルフィラは角の間へ低く座り、地上を見ていた。川沿いの倉が遠ざかり、畑や森が広がる。

途中で翼の動きが変わった。

背中側から伝わる力に気づき、角へ身を寄せたところで、オブシディオンの声が届いた。


〈向きを変える〉


〈うん〉


緩やかに体が傾いた。今度は、先にオブシディオンの動きが分かった。

それだけで、少しうれしかった。


*


着地した草地には、クラウスの家臣たちがいた。

オブシディオンが降りると、皆が予定していた場所よりさらに下がった。顔を上げたまま固まる者もいる。

ポルフィラは頭を下ろしてもらい、鱗を伝って降りた。


家臣の一人が、ようやく近づいてきた。

「村までは、ご案内します」


「道は分かります」


答えると、家臣はうなずいて脇へ退いた。


ポルフィラは竜へ手を触れた。

〈家へ行ってくる。ここで休んでいてくれる?〉


〈ああ。村へは近づかん〉


リゼリアも館へ向かうと言った。

ポルフィラは自分で荷物を持ち、村への道を歩いた。


*


最初に気づいたのは、畑から戻る村人だった。

顔を見て足を止め、それから鍛冶場の方へ声をかけてくれた。


ドランが戸口へ出てきた。

ポルフィラの顔を見ると、何か言いかけた口が止まった。

「……帰ったか」


「うん。ただいま」


返事をすると、ドランが近づいてきた。肩へ置かれた手が、そのまま背中へ回る。

ポルフィラは荷物を下ろし、父の服をつかんだ。

慣れた、鉄と炭の匂いがした。


「父さん」


「ああ」


「帰ってきたよ」


「分かってる。顔を見せてくれ」

少し離れると、ドランは娘の顔を見た。頬へ触れ、ようやく息を吐く。


ミレアも外へ出てきた。

ポルフィラが振り向く前に、両腕で抱きしめられた。

「お帰り」

母の声が耳元で震えた。

「無事だって聞いていたけど……」

その先は続かなかった。


ポルフィラは母の背へ腕を回した。母も父も、いつもの場所にいた。そのことがうれしくて、うまく声が出なかった。


*


家に入って座ると、ミレアはポルフィラの手を握った。

「痛い所はない?」


「うん。怪我はしてない」


「そう」

ミレアは手を離したが、隣から動かなかった。


ドランが向かいへ座った。

「竜に、乗って帰ってきたのか」


「うん。少し練習してから、乗せてもらった」


「本当に、おまえを乗せて飛ぶんだな」


ポルフィラはうなずいた。

「大きいから、最初は立ち上がっただけでも怖かった。でも、私が落ち着くまで待ってくれるんだ」


ドランは娘の手元を見た。

「王の兵が来たときも、怖かったろう」


ポルフィラは少し黙った。

「うん。あんなことになると思っていなかった。剣を抜いて、止まれって声も聞かなくて」


ミレアの指が、もう一度手に触れた。


「オブシディオンが止めてくれたの。私が呼んだ」


「そうか」

ドランは静かにうなずいた。


ポルフィラは両親を見た。

「心配かけたね」


「そりゃ、心配する」

ドランは言って、少しだけ顔を緩めた。

「だから今は、ここにいてくれ。ゆっくり話そう」


ポルフィラはうなずいた。家の中の音を聞きながら、ようやく肩の力を抜いた。


*


夕方、リナが来た。

ポルフィラを見た途端に足を速め、両肩をつかんだ。

「本当に、どこも怪我してない?」


「うん」


リナは顔を確かめ、それから強く抱きついてきた。

「よかった。無事だって言われても、会えないと分からなかった」


ポルフィラも抱き返した。


少しあとにガルとセラが来た。トーマとシオンも仕事を終えて顔を出し、皆で家の裏手へ移った。


ガルが最初に尋ねた。

「竜って、今どこにいるんだ?」


「森の外。村から離れた草地で待ってもらっている」


「天馬より、ずっと大きいんだろう」


「うん。顔を下ろしてもらわないと、触れないくらい」


ガルは草地のある方を見た。

「それが本当にいるんだな……」


セラが尋ねた。

「名前はあるの?」


「オブシディオン」


セラは、その名を小さく繰り返した。


ガルたちも、草地のある方へ目を向ける。話に聞いた竜が、今は自分たちの村から歩いて行ける所にいる。


シオンが口を開いた。

「話ができるのか」


「私には、声が聞こえる。ほかの人には聞こえないけど、私の言うことも分かってくれる」


「どんな竜なんだ?」

トーマに聞かれ、ポルフィラは少し考えた。


「私が何か迷っていても、答えを急かさず待ってくれる。でも危ないと思ったら、はっきり止める」


「怖くないの?」

リナが尋ねた。


「大きさには、今も驚く。火を吐いたときは、私も知らなかったから、びっくりした」


「火?」

ガルの声に、ほかの四人も顔を上げた。


「黒い炎だった。空へ向けて吐いたんだ。そのあと兵に向かって吠えたら、みんな下がった」


ガルは口を閉じた。セラも、膝の上で両手を握っている。


ポルフィラは慌てて続けた。

「人も家も焼いていないよ。でも、私もあの炎を見たときは、言葉が出なかった」


トーマが尋ねた。

「それでも、そばへ行けたんだな」


「うん。来てくれたと思ったら、離れられなくなった」

ポルフィラは目を伏せた。

「怖くて、しがみついて泣いたんだ。離れたら、また兵が来るような気がして」


リナが隣へ寄った。

「怖かったよね」


「王の兵がいたんだろう。俺だって、同じようになる」

ガルの言葉に、ポルフィラは顔を上げた。

皆はまだ驚いていた。竜の方を気にしているし、何を聞けばよいか迷ってもいる。

それでも、今までどおり隣に座ってくれていた。


リナが言った。

「もっと聞きたい。でも今日は、帰ってきてよかったって、それが一番」


「うん」

ポルフィラは笑った。

「私も、みんなの顔を見たかった」


*


翌朝、近所の家へ顔を出すと、以前から知っている女性が戸口で手を止めた。

「何か、ご用かい」


「帰ってきたから、挨拶に」


「ああ。そうだったね」

女性は笑おうとした。

「竜は……村のそばには来ないんだろう」


「離れた所で待ってもらっています」


「そうか。それなら…」

その先は続かなかった。


ポルフィラも、長く立ち話はせず帰った。

家の戸を開けると、朝の仕事を終えたミレアが振り返った。

「もう少し食べる?」


ポルフィラはうなずき、いつもの場所に座った。

〈オブシディオン〉


〈どうした〉


〈帰れて嬉しい…〉


〈そうか〉


静かな返事を聞いてから、ポルフィラは食卓へ向き直った。

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