第134話 村へ届いた名前
エーベルトが村へ来たとき、ドランは鍛冶場にいた。
「クラウス様からのお知らせと、ポルフィラさんの言葉を預かってきました」
ドランは槌を置いた。
「娘に何かあったのか?」
「ご無事です。まず、それをお伝えするようにと」
ミレアも奥から出てきた。エーベルトは二人がそろうのを待ち、リゼリアが書き取った文を読み上げた。
無事でいる。竜に助けてもらった。帰る日は決められないが、家に帰りたい。
ミレアは鍛冶場の椅子に腰を下ろした。
「怖い思いをしたんだね」
ドランはしばらく黙っていた。
そばにいても、娘が何を見たか全部は分からない。今は遠くにいる。自分が娘のそばにいても、王の兵を下がらせることはできなかっただろう。
「帰りたくなったら、帰ってこいと伝えてくれ」
エーベルトはうなずいた。
「クラウス様は、ご家族がご友人が勝手に問い詰められたり連れていかれたりしないよう、村の担当者にも指示を出されています」
「娘を知っているからといって、村の他の者まで問い詰められるのか?」
「そんなことが起きないようにするための指示です」
ドランは戸口の向こうを見た。
村では、今朝もいつものように皆が畑や仕事へ出ていた。
*
村の管理者には、クラウスから竜の出現とポルフィラについての説明が届いた。
管理者は驚き、何度も読み返した。
知らなかった。
村で育った娘が、竜と関わっている。それを領主が知り、今も保護している。
村の仕事を預かる自分が知らなかったことに戸惑ったが、ドランを呼びつけて問い詰めることはしなかった。
今は領主から届いた指示を確かめ、出入りする者が噂だけで村人を責めないようにしなければならない。
「昔の話じゃなく、本当にいるのか…」
管理者がつぶやくと、隣にいたエーベルトが答えた。
「私も見てはいません。ですが、王の兵も見たと報告しています」
*
ポルフィラの言葉は、友達にも伝えられた。
仕事を終えたリナとガルがドランの家へ来て、セラも少し遅れて合流した。トーマとシオンには、それぞれ仕事先から戻ってから伝えることになった。
リナは説明を聞いても、すぐには何も言えなかった。
竜は教科書の中にいるものだった。その竜と、ポルフィラが一緒にいる…?
「いつから、そんなことに…」
ガルは言葉が続かなかった。
ドランは首を振った。
「本人から話してもらおう。今は、無事だと分かった」
セラがエーベルトへ尋ねた。
「私たちの返事も、届けてもらえますか?」
「はい。預かります」
リナは顔を上げた。
「帰ってきたら、ちゃんと顔を見たい。そう伝えて」
ガルもうなずいた。
「竜の話より先に、無事か確かめたい」
エーベルトが書き留める間、セラはミレアの手元を見ていた。ほどきかけの糸が、膝の上に置かれたままだった。
「明日、仕事のあとでまた来てもいい?」
ミレアは顔を上げた。
「おいで。ポルフィラがいなくても」
リナが、隣で小さくうなずいた。
*
村の全員が、娘の無事だけを喜べたわけではなかった。
竜が王の兵を止めたということは、王を怒こらせる理由になるだろう。ポルフィラの暮らした村だと知られれば、自分たちも疑われるのではないか。
「竜を連れて帰ってくるのか?」
仕事帰りに集まった者の中から、その声が出た。
ドランは答えた。
「そんなことは聞いていない。俺からも勝手なことは言えん」
「村が焼かれたら、どうする」
話を伝えに来ていた管理者が、顔を上げた。
「そんな話はない。竜のことで、おまえたちへ罰を言い渡すことはしない。これは領主様の指示だ。心配いらん」
それで皆が安心したわけではなかった。
ドランは、言い返さずにいる村人たちを見た。自分も、娘だけが助かれば村に何が起きてもいいとは思っていない。
皆が帰ったあと、ミレアは残っていた糸を巻き直した。
「帰ってきてほしいね」
「ああ」
ドランはうなずいた。
帰ってこいと伝えた。それでも、娘がいつ帰れるかは分からなかった。
*
王都の洗い場にも、竜の噂は届いた。
荷を運んできた男が、働く者たちに話している。東の港に竜が降り、王の天馬が逃げたという。
「白い天馬もいたそうだ。王弟殿下が乗っていたと」
エナは布を洗う手を止めた。
セヴェラン。
あの日、空から来た男の名だった。
「本当の話なのか?」
別の者が尋ねると、男は肩をすくめた。
「俺が見たわけじゃない。ただ、港では皆その話をしている」
エナは、桶の水の中で布を握り直した。
竜を見たことはない。噂がどこまで本当かも分からない。それでも、あの男が逃げたという言葉だけが耳に残った。
娘が最後に着ていた服を思い出した。
エナは唇を結び、布を水から引き上げた。




