第131話 竜を知った王
セヴェランが王都へ戻ったとき、城へ降りたアルディスは何度も後ろを振り返った。
隣のノクスも落ち着かず、迎えに出た者たちは離れて待った。ヴァルテルは自ら広場へ出て、黒い天馬の前に立った。
弟が竜を見たと言った。
ノクスよりはるかに大きく、黒い炎を吐いたという。
王は、そんなものがいるはずはないと思ったが、戻ったノクスの姿を見て、その言葉を口にできなくなった。
*
セヴェランは王の前で、同じ話を繰り返した。
「竜が王の兵を脅したのです。ロデリクは、その力で引き渡しを拒みました」
「その場で見たのだな」
「はい」
「竜を?」
セヴェランの顎が強張った。
「アルディスも竜を見て怯えて暴れていた。天馬で止められるようなものではありませんでした」
ヴァルテルは弟の顔を見た。
これまで、天馬の力で従わぬ者を抑えてきた弟だった。その弟が、止められなかったと言っている。
「娘が一人、竜のそばにいたと言ったな」
「竜へ駆け寄りました。ロデリクの宿舎にいた娘です」
「娘の名は」
「確かめておりません」
王は家臣へ、ロデリクからの文が届き次第持ってくるよう命じた。
*
王の兵の指揮官から、急報が届いた。
持ってきた兵は、広場にいた一人だった。王は文を読ませる前に、その兵を呼んだ。
「おまえも竜を見たのか」
「はい」
「何をされた」
兵は喉を動かした。
「空へ火を吐き、そのあと我々へ吠えました」
「人を焼いたのか」
「いいえ。ですが、こちらへ向けられたら……」
言葉が止まった。
王は続きを急かさず、指揮官の文を読んだ。
人も建物も焼かれていない。退いた兵への追撃もない。引き渡しを中断したのは指揮官の判断で、兵は宿舎から離れて待機している。
そして、竜が来る前に双方の兵が抜刀したとあった。
王はセヴェランを睨みつけた。
「拒まれたら報告しろと命じた。なぜ宿舎へ行った」
「ロデリクが本人たちを囲っていたからです。帰る意思を確かめようとしました」
「兵へ連れてこいと命じたのか」
セヴェランの返事が一拍遅れた。
「…本人に話を聞くために…」
「そのために兵同士が剣を抜いた」
王の声が低くなった。
「勝手に争いを始めるなと、言ったはずだ」
セヴェランは唇を結んだ。
*
ロデリクの報告も届いた。
竜が現れた経緯は、指揮官の報告とほぼ同じだった。斬り合いになる前に、娘が助けを求め竜が飛んできた。娘は竜のそばに留まっている。
ヴァルテルは二つの文を並べた。
竜はいる。
王の兵を止め、ノクスまで退かせた。今もアズレインに留まっている。
家臣が尋ねた。
「増援をお出しになりますか」
王は首を振った。
「あの場で兵を増やして、何ができる」
机の上には、以前から届いていた三家の申し出もあった。三人の家族へ危害を加えぬよう、ユリウスに命じてほしいとある。
王はその文を引き寄せた。
「ユリウスへ伝えよ。三人の家族を罰してはならん。家族を使って、保護されている三人を脅すことも禁じる」
家臣が顔を上げた。
「竜が怖いから王が譲ったと、受け取られませんか?」
「家族へ手を出して、竜を動かす口実まで与えるつもりか」
王は家臣を見た。
「村へ人を送り、家族の扱いを確かめさせる。ユリウスにも、処罰しようとした理由と元の報告を出させろ」
「引き渡しの命令は」
「実行を待たせる。兵は指示があるまで動くな」
命令を撤回するとは言わなかった。
*
王は最後に、四家へ説明を求める文を出した。
娘は何者か。
竜と関わったのはいつからか。
なぜ王へ知らせなかったのか。
ヴァルテルは書き上がった文を確かめた。
ロデリクだけの判断で、あそこまで王の命令を拒めたのか。三家はどこまで知っていたのか。
ほかの領主へも、竜が現れたという報告があったことを知らせるよう命じた。噂だけで勝手に兵を動かすことは許さないと添えさせる。
娘を差し出させる命令は、まだ書かせなかった。
今、それを出せば従うのか。拒まれたときに何をするのか。王にも、すぐには決められなかった。




