第125話 村に残した人たち
ポルフィラはリゼリアに同行を申し出た。
「助けられた人たちが、これからどうしたいのか聞きたいんです。ここにいれば安心なのか、それも知りたい」
「ロデリク様に聞いてみるわ。三人にも、あなたと話せるか確かめてもらいましょう」
返事が来たのは数日後だった。三人は面会を承知した。ロデリクからも、リゼリアとともに来るなら城外の宿舎で会わせると知らせがあった。
出発の朝、ポルフィラはオブシディオンに行き先を伝えた。
〈何かあったら呼べ〉
〈うん。話を聞いたら、あなたにも伝える〉
それからシルヴァに乗り、リゼリアの後ろに座った。
*
アズレイン領へ入ると、眼下に大きな川が見えた。岸には荷を積む船が並び、川沿いの道を荷車が進んでいる。やがて海が広がり、港の先まで建物が続いた。
城外の広場では家臣が待っていた。
リゼリアが迎えの家臣と話している間、ポルフィラは少し離れた草地を見た。薄灰色の天馬が立っている。
そのそばにいた若い男が、こちらへ歩いてきた。
「アドリアンです。お待ちしていました」
リゼリアが挨拶を返し、ポルフィラを紹介した。
「ヴェルディアの村から来ました。会わせてくださって、ありがとうございます」
アドリアンは一度シルヴァを見た。
「天馬に乗るのは、怖くありませんでしたか」
「最初は怖かったです。でも、シルヴァには何度か乗せてもらっています」
「村では、ソレインを見て逃げる人もいました。私が兵を止めたときも、みんな怖がっていました」
彼は草地へ目を戻した。
「今も、あの三人は近くを通ると足を速めます」
ポルフィラもソレインを見た。こちらを見ながら、静かに立っている。それでも三人には、兵を止めたときの姿が忘れられないのだろう。
「助けてもらったと分かっていても、怖いと思います」
アドリアンはうなずいた。
「ええ。怖がらなくていいと言ってもだめでした…」
*
宿舎の部屋には、世話役の女性と村の係がいた。怪我をした男性は足を伸ばして座っている。
ポルフィラが名乗ると、女性は少し表情を緩めた。
「遠い所から来たんだね」
「はい。足の具合はどうですか」
男性が答えた。
「腫れは引いてきた。ここでは休ませてもらえるから」
寝床も食事もあり、傷も診てもらえている。けれど、家族からの知らせはまだなかった。
女性はリゼリアに尋ねた。
「村へ文を届けてもらうことはできますか?私たちが無事だと伝えたいんです」
「領主様に頼んでみます。返事を受け取る人が危険にならないよう、届け方も相談します」
村の係が口を開いた。
「私がいつも報告を渡していた相手は使えません。向こうへ伝わります」
アドリアンが言った。
「父に知られずに連絡できる人はいますか」
係は首を振った。
「誰なら絶対に知られないかは、私には分かりません」
アドリアンはそれ以上、尋ねなかった。
ポルフィラは女性に聞いた。
「村へ戻りたいですか」
「帰りたいよ。家族がいるからね。でも、帰ればまた捕まるだろう」
女性は、怪我をした男性へ目を向けた。
「この人を罰しないでほしいと言っただけなんだ。逃げた私たちの代わりに、家族が呼ばれていなければいいけど」
まだ何が起きたか分からない。それでも三人は、ここで村のことを考え続けていた。
ポルフィラはドランとミレアを思った。自分だけが助かり、二人の様子を知るすべもなかったら、恐怖で夜も眠れないだろう。
「家族も、ここへ来られたらと思いますか?」
女性はすぐには答えなかった。
「一緒にいられたら、うれしい。でも家族がどうしたいかも聞きたい。家も仕事も捨てて来いとは、私からは言えないよ」
怪我をした男性も言った。
「俺は帰って働きたい。足が治るまで待ってもらえればよかったんだ」
アドリアンが顔を伏せた。
「戻れるようにできず、すみません」
「連れ出してくれなかったら、ここで足を休めることもできなかった」
男性の声に、アドリアンは顔を上げた。
「ただ、家族と離れて暮らしたいわけじゃない。それは知っておいてほしい」
「はい」
*
部屋を出ると、リゼリアは迎えの家臣に三人の希望を伝えた。
村へ無事を知らせたいこと。残った家族の様子を確かめたいこと。安全に帰れるなら帰りたいこと。
家臣はロデリクへ報告すると答えた。
アドリアンもそばで聞いていた。
「私から父に、家族を罰しないよう求めます」
リゼリアが尋ねた。
「あなたが戻るよう求められたら?」
「戻れば家族に手を出さないと言うかもしれません。でも、その代わりに三人を返せと言われたら応じられません」
「返事はロデリク様にも見せて。あなたが一人で決める前に相談してほしい」
「そうします」
ポルフィラは二人を見た。
逃れた三人の家族を守るために、今度はアドリアンが戻るこを迫られる。彼が戻ったとしても、約束が守られるかは分からない…
*
その日のうちに、王都から使者が着いた。
リゼリアは城へ呼ばれ、ポルフィラは宿舎で待つことになった。窓から見える道では、城へ向かう馬が何頭も行き交っていた。
戻ってきたリゼリアは、先にポルフィラを部屋へ入れた。
「王から命令が来たわ。アドリアンと三人を、ユリウスへ返すようにと」
ポルフィラは尋ねた。
「三人の話は、聞いてもらえたんですか?」
「こちらが送った説明には答えていない。領主の命令で捕らえた者を、他の領主が勝手に保護してはならないという内容よ」
「ロデリク様は、どうするんですか」
「引き渡しには応じず、王にもう一度判断を求める。そのために三人の話と、連行されるに至った経緯を伝えると言っているわ」
リゼリアは椅子に腰を下ろした。
「ただ、今度は王の命令を断ることになる。三家にも急いで知らせる」
ポルフィラは窓の外へ目を向けた。
三人は家族へ知らせを届けることさえできずに、不安を抱えたまま宿舎にいる。その三人を返せと、王が命じた。
〈オブシディオン〉
〈どうした〉
〈逃げてきた人たちに会った。みんな家へ帰りたいんだって。罰を受けずに、家族と暮らしたいだけだった〉
オブシディオンは黙って聞いていた。
〈でも王は、捕まえようとした領主へ返せと言ってきた。ロデリク様は断る。これからどうなるか分からない〉
〈おまえは、そこを離れるのか?〉
ポルフィラは自分の手を見た。
三人を連れ戻しに兵が来たら、逃げろと言われるかもしれない。そのときに何ができるのか、まだ答えはなかった。
〈今は、ここにいたい。あの人たちがどうなるか、見届けたい〉
〈分かった。私が必要なら呼べ〉
ポルフィラはうなずき、リゼリアに向き直った。
「私も、ここに残りたいです」




