第120話 父のための報告
城へ戻ったアドリアンは、村を担当する家臣に怪我人の件を確かめた。
村の係もそれを認めていた。父にも報告は届いている。それでも、治ったあとに仕事を怠った罰を受けるよう命じられていた。
「働けなかったと分かっていて、なぜ罰する?」
家臣は答えた。
「命令を拒んだことにはちがいありません」
アドリアンは報告を読み直した。
「ほかの村でも、病気や怪我で働けなかった者を、逆らったと報告しているのか?」
家臣はすぐには答えなかった。
「担当する者の判断によります」
アドリアンは顔を上げた。
「その判断を、父上は確かめているのか?」
返事が来る前に、別の家臣が父の部屋へ来るよう告げた。
*
ユリウスの机には、王へ出す報告の案が置かれていた。
三家の動きが伝わり、竜の民が命令に逆らう例が出ている。アウレリス領では秩序を守るため厳しく対処し、天馬と繋がる息子にも村の巡察を担わせる。
アドリアンは読み終えて父を見た。
「私は巡察を引き受けていません」
「これから行けばよい。今回は王へ報告する仕事だ」
「王が命じたのですか」
「国の教えを守れという御意向は出ている。我が家は、それに協力すると示す」
父は筆を差し出した。
「おまえも名を記せ」
アドリアンは筆を取らなかった。
「この、命令に逆らった者には、怪我で働けなかった人も含めていますね」
ユリウスは眉を寄せた。
「まだその話をしているのか」
「三家がやっている事の噂を聞いて、反抗したのではありません。怪我をしたから働けなかった。元の報告には、そう書かれています」
「細かな事情を、すべて王へ伝える必要はない」
「事情を省けば、王は村人がわがままで命令を拒んだと思います」
「そのような者を従わせるのが領主の仕事だ」
父は息子から目をそらさなかった。
「ロデリクは竜の民に甘い。三家は人々に余計な考えを持たせる。だから我が家が王の役に立つと示すのだ」
アドリアンは文を机へ戻した。
村人への罰を変えたくないだけではなかった。
彼らの事情を反抗として王へ伝え、その反抗を鎮める家として重んじられようとしている。自分とソレインまで、そのために使うつもりなのだ。
*
「王に頼られるためなら、働けない人も反抗した者にしてよいのですか」
「言葉に気をつけろ」
父の声が低くなった。
「王は村からの報告を読みません。父上の言葉を信じます。だからこそ、事実を伝えるべきです」
「王への報告は私が決める」
「ならば私の名を使わないでください。この内容で巡察することには同意しません」
部屋にいた家臣たちは黙っていた。
ユリウスは筆を置いた。
「おまえが天馬を持っているから、我が家にはまだ他家にない力がある。その力を家のために使うのが当然だろう」
アドリアンはソレインを思った。
父の機嫌を損ねないために、村を飛んで帰ってくる。そのあとで人が罰されても、自分は飛んだだけで無関係だと思う。
それで父との争いを避けられるならいいと思っていた。
だか、もう避けてばかりではいられない。
「父上の立場を強くするために、人を怖がらせるつもりはありません」
「この家に守られて暮らしていることを忘れたのか」
「忘れていません。だからといって、この報告に名は記せません」
ユリウスはしばらく息子を見ていた。
「なら、私に逆らう側につくのだな」
「事実と違う報告に賛成しないと言っています」
父は返事をせず、家臣へ顔を向けた。
「村の報告を勝手に息子へ見せるな。今後、他家から息子へ届く連絡も私へ通せ。同じことをすれば許さん!」
家臣がためらった。
アドリアンは言った。
「報告を見せてほしいと頼んだのは私です。見せた者を責めないでください」
「おまえが口を出さなければ済んだ話だ」
ユリウスは王への報告案を引き寄せた。
「下がれ」
*
部屋を出てからも、アドリアンは父の言葉を思い返していた。
家のために働け。王の役に立て。逆らうな。
これまでも何度も聞いてきた。その言葉に従って誰かを脅せば、自分はこの家で穏やかに暮らせるのだろう。
だが、事情を聞いてほしいと訴える人は反抗した者にされ、異を唱えた家臣は責められる。今日は自分も、従わなければ敵だと言われた。
父が守ろうとしているのは、人々の暮らしではない。王に重んじられ、他家より上に立てるアウレリス家だった。
*
ソレインは近づいてきたアドリアンへ首を寄せた。
〈何があった〉
〈父は、村人の事情を反抗として王に伝えようとしている。私にも、その人たちを従わせる役を引き受けろと言った〉
〈引き受けたのか〉
〈断った。私の名を使うなとも言った〉
ソレインは黙って待った。
アドリアンはその首へ手を置いた。
断っただけで、報告そのものを止められたわけではない。怪我をした男の罰も残っている。さらに父は、外からの連絡を自分に渡さないと決めた。
それでも、父の命令を引き受けなかった。家臣たちの前で告げた言葉は、もう取り消せない。
家のためだと言われ従っていた場所には、戻れなくなっていた。




