第118話 自分の言葉で
王へ送る返答を相談するため、三家は森の館に集まった。
ポルフィラが呼ばれたのは、その相談が終わったあとのことだった。領内で始めた取り組みに王が説明を求めたことを、本人にも知らせるためだった。
「教えを元へ戻せという命令ではないのですね」
ポルフィラが尋ねるとレオノーラはうなずいた。
「ええ。今の方針が必要だと、私たちから説明する。他領へ広げる働きかけは控えるけれど、自領で始めたことは続けるわ」
「親や教師の中には、考えを変えた人もいるんですか」
「まだ迷っている人もいる。けれど、教科書に書いてあるというだけで、決めてよいのかと考え始めた教師はいるわ」
ポルフィラは少し息をついた。
知らずに嫌う人ばかりではなくなっている。その変化を王が問題にしていることは怖かった。
「その人たちも、叱られるのでしょうか」
「今は何も命じられていない。もし私の方針で責められるなら、私が責任をもつわ」
テオバルトも言った。
「誰が何を決めたかを、王へはっきり伝える。現場の者は私の指示に従っただけだ」
ポルフィラは三人を見た。
領主に従っただけの人も、考えを改め始めた人もいる。その人たちを危険にさらしてはいけない。
*
「私も、自分から話せる相手を増やしたいです」
ポルフィラが言うとクラウスは尋ねた。
「誰と話したい」
「村へ来た若い家臣の方と、もう一度。ほかにも、私たちのことを知りたいと思っている人と話してみたいです」
「村へ訪ねる者を増やしたくないと言っていたな」
「村の皆に相手をしてほしいのではありません。私が話したいんです。ここで会うことはできませんか?」
クラウスは少し考えた。
「若い家臣なら取り次げる。だが、ほかの者へおまえを紹介するのは、相手を確かめてからにする」
「はい」
「おまえは自分の知っていることを、自分の言葉で話せばよい」
ポルフィラはうなずいた。
村の暮らしを知ってほしいと頼むだけではなく、相手の暮らしも知りたかった。なぜ恐れるのか。何を聞けば考え始めるのか。
誰とでも会えるわけではない。それでも、これまで領主たちを通して伝えていた言葉を、自分から伝える相手ができるかもしれない。
*
後日、森の館で若い家臣と会った。
村を訪ねたときとは違い、年配の役人はいなかった。
家臣は名乗った。
「エーベルトと申します。城で記録の整理をしています」
「ポルフィラです」
名を伝えてから、初めて相手の名前を知ったのだと気づいた。
「村での話を、城の人たちに伝えたと聞きました」
「はい。私が勝手に修理の日を指示しかけた事も話しました」
「皆、どう言いましたか」
「村人の都合まで聞いていたら仕事が進まないと言う者もいました。ですが、村では修理を待たされている家もあると話すと、考える者もいました」
ポルフィラは父の鍛冶場を思った。
その場にいなかった人へも、父の話が届いていた。
エーベルトは続けた。
「城で受け取る報告には、直した数や遅れた数が書かれています。遅れには理由があるのだと、村へ行って初めて考えました」
「私たちが説明しても、言い逃れだと思われることがあります」
「私も、同じように思っていたかもしれません」
ポルフィラは家臣を見た。
前なら、それを正直に言われれば傷ついたまま黙ったかもしれない。でも今日は言っておきたかった。
「これからも、私たちが何か言ったら、まず話を聞いてください。信じるかどうかを決める前に」
エーベルトはうなずいた。
「そうします」
*
「あなたは、城の人間が怖いですか」
エーベルトが尋ねた。
「怖いです。何か間違えて罰されても、私たちは止められません」
家臣は口を閉じた。
「でも、怖いと思っても、話してみたいです。あなたが村で父の話を聞いてくれたから、今日も話したいと思いました」
「私は、領主様に節度を持って対面するよう命じられ、そうしていただけです」
「父の説明を聞いて、明日までに直せとは言わなかったでしょう。それが嬉しかったんです」
エーベルトは少し目を伏せた。
礼を言われるような立派なことはしていない。自分で決めかけた期日を取り下げただけだった。
それだけのことを嬉しいと言う暮らしを、今まで考えたことがなかった。
ポルフィラは続けた。
「私も城で暮らす人を知りません。よければ、あなたの仕事のことも聞かせてください」
エーベルトは顔を上げた。
「毎日、届いた報告を整理します。書き忘れがあれば、担当者へ返して確かめてもらうこともあります」
「それなら、理由が書かれていないときは、確かめてもらえるんですか?」
「今までは、数が合っていれば済ませてました。これからは、それでよいか確かめます」
ポルフィラはうなずいた。
大きな約束ではない。彼が何を変えるかは、これからの仕事で分かる。
今日は、天馬の民といつもと違う会話ができた。
*
帰り道でオブシディオンを呼んだ。
〈城の家臣と、自分から会って話してきた〉
〈何を話した〉
〈私たちが怖がっている理由と、話を聞いてほしいこと。相手の仕事のことも聞いた〉
〈おまえの言葉を聞いたのだな〉
〈うん。でも、まだ知らないことは多い〉
ポルフィラは館から続く道を歩いた。
王は説明を求め、反対する者も動き始めた。話し合えたからといって安全だとは限らない。
それでも今日、自分の言葉を聞いてくれた人がいた。その人が城で何をするかを、これからも知っていきたかった。




