第116話 王に届いた教え
オランデル領の学校で教え方が変わったという話は、領境を越えていた。
親族の子供がその授業を受けたと聞き、ユリウスの家臣が報告したのだった。ユリウスは、学校へ出された方針を確かめさせた。
やがて届けられた写しには、竜の民も同じ人間として扱い、出自だけで蔑んではならないと記されていた。
ユリウスは最後まで読んだ。
「レオノーラ自身の方針なのだな」
「はい。親からの異議にも、そのように説明しているそうです」
「なら、教師が勝手に始めたという言い逃れはできんな」
ユリウスは文を畳んだ。
ロデリクの命令を取り消させることには失敗した。だが今度は、村人への罰の話ではない。竜の民をどう考えるかを、次の世代へ教え始めている。
自分からレオノーラへ抗議するつもりはなかった。王の前へ持ち込めば、それですむことだ。
*
王都で報告を受けたヴァルテルは、学校へ出された文を読んだ。
「竜の民を自由にせよとは書かれていない」
ユリウスは頭を下げた。
「ですが、身分が違う理由を子供が疑い始めています。今の決まりを変えるよう三家が求めていることまで、領民へ伝えているのです」
「それが事実かは確かめたのか」
「オランデル家の方針として説明されています。親からの抗議も出ているそうです」
王は文へ目を戻した。
三家の申し出は拒んだ。不当な扱いを改めることは許したが、領民へ身分の違いを疑わせるつもりはなかった。
「王がお決めになったことを、領主が改めるべきだと教えております」
ユリウスは声を落とした。
「このままでは、王に従う必要があるのかと考える者も出るでしょう」
王は彼を見た。
「だから教えを戻せと言うのか」
「国の決まりを守る教えであるべきかと」
「決めるのは私だ」
ユリウスは口を閉じた。
ヴァルテルは家臣を呼んだ。
「オランデルへ、教えを変えた目的と内容を報告させろ。ヴェルディアとインディルにも、領内で何を変えているかを答えさせる」
家臣が頭を下げた。
「返答を見て判断する。他領へ同じ方針を広める働きかけは、控えるように伝えろ」
ユリウスは満足を顔に出さなかった。
まだ中止の命令ではない。それでも三家が何をしているか、王が自分で確かめることになった。
*
王の文を受け取ると、レオノーラは教育を担当する家臣を呼んだ。
「領内へ出した方針と、その後の報告をまとめて。王へ説明する」
「教えを戻すのでしょうか」
「戻さないわ。今の方針をなぜ必要だと考えたか、私から答える」
家臣はうなずいた。
レオノーラはクラウスとテオバルトへも連絡を送らせた。各領で進めていることを確かめ、王へ何を答えるか相談するためだった。
学校で子供が口にした疑問が、王まで届いた。
これまでのように、領内だけで解放を謳っているのではなかった。
*
王都の洗濯場でも、オランデル領の教えが噂になっていた。
布を受け取りに来た城の使用人が、学校で竜の民も人間だと教え始めたのだと言った。そんなことを教えれば子供が言うことを聞かなくなると、係は顔をしかめた。
エナは畳んでいた布へ目を落とした。
娘の声も、夫が家へ帰ってくる姿も覚えている。二人とも、ここで暮らす者たちと同じ人間だった。
それを知らない者たちが、人間だと教えるだけで困ると言っている。
使用人が去ったあと、年配の女がそばへ来た。
「王様にも話が届いたんだってね」
「それで、何か変わった?」
エナが尋ねると女は首を振った。
セヴェランへの怒りは少しも薄れていない。だが自分たちへの扱いを変えようとして、働きかけている者がいる。そのことは、前よりもはっきり分かった。




