第115話 教室から広がる声
領内の教育を担当する家臣から、学校を通じて新しい方針が伝えられていた。竜の民を同じ人間として扱うこと。親への説明や異議の対応は、学校を受け持つ担当者が担うことになっていた。
その方針を聞いた教師の一人が教室へ入ると、子供たちはいつものように席についた。
机には歴史の教科書が置かれている。
教師はその表紙を見てから口を開いた。
「今日は、竜の民について話す」
前の席の子が本を開こうとした。
「本は閉じたままでいい」
子供の手が止まった。
教師はゆっくり言った。
「これまで、竜の民は争いを好み平和に暮らせない野蛮なもの達だから、我々のように自由にはさせられないと教えてきた。しかし、竜の民にも家族がいて、子供を育て、村の中で協力しながら暮らしている。私たちと同じようにだ。だから相手の事を知りもせず、竜の民というだけで、蔑んだり傷つけたりするのはいけない」
教室は静かだった。
やがて一人が手を挙げた。
「でも先生は、危ないから近づいてはいけないって言ったよ」
「そう教えた」
教師は答えた。
「私も、そう教わってきた。だが何も知らないのに勝手に決めつけて、教えることは改めたい」
「村へ行ってきたの?」
「まだ行っていない」
「それなら、なぜ変わったの?」
教師は少しためらった。
「領主様の方針として、学校へ教え方を改めるよう通達があった。それから、自分が彼らの何を知って教えていたのか、考えるようになった」
子供は黙った。
教師は皆を見た。
「今すぐ誰か会ってみなさいと言っているのではない。ただ、何もされていないのに、竜の民というだけで嫌ったりしてはいけない」
別の子が尋ねた。
「竜の民の子も、私たちと同じ?」
「ああ。同じ人間だよ」
子供は隣の席を見た。隣の子も首をかしげていた。
教師は次の言葉を待った。
いつもなら、子どもたちから質問が出ることは少なかった。今日は、いつもより質問する子が多かった。
*
その日の帰り道、一人の子供が友達に言った。
「竜の民の子にも、お母さんがいるんだね」
「いるに決まってるだろ」
「でも、考えたことなかった」
友達も黙った。
二人は道端の店へ目を向けた。運び込まれた果物を、店の者が籠から移している。
「これも村から来るんだって」
「誰が作ったの?」
「知らない」
二人はしばらく果物を見たあと、それぞれの家へ帰った。
*
翌朝、子供を送りに来た母親が教師を呼び止めた。
「昨日、家で聞きました。教えることを変えたそうですね」
「はい」
「急に竜の民を同じ人間だと言われて、子供も戸惑っています。以前の話は信じなくてよいのですか?」
教師は戸口から離れた。
「以前は相手を知りもしないで、憶測だけで教えていました。その点を直しました」
「では、竜の民は危険じゃないんですね?」
「一人も危険な者はいないとは言えません。それは天馬の民も同じではありませんか?」
母親は少し考えた。
「子供が勝手に村へ行くようなことはさせないでください」
「そのようには教えていません」
母親はうなずいた。納得し切れない顔だったが、子供を教室へ送り出した。
そのあとに来た父親は、初めから声が硬かった。
「本では竜の民は悪いことをしたから、その罰として人として扱わないと教えてるのに、今になって同じ人間だと言い出すのか!」
「今の子供たちに、知りもしない相手を蔑んでよいとは教えられません」
「領主様は身分まで変えるつもりなのか!?」
「私がお話しできるのは授業のことです。方針へのご意見は、学校を受け持つ担当者へお伝えします」
父親は教室の中を見た。
「子供が家で、なぜ竜の民だけ町へ入れないんだと聞いてきた。余計なことを教えられては困る」
教師は返事をしなかった。
自分も、その問いに答えられなかった。決まりだからと言うことはできる。だが、なぜその決まりでよいのかと聞かれたら、何と説明するのだろう。
*
昼の休みに教師は学校を受け持つ担当者へ報告を書いた。
授業で伝えたことと、子供や親から出た問いを記した。身分を変えるつもりかと尋ねられたとき、どう答えればよいのかも書いた。
領主に言われたとおり話せば済むと思っていた。だが一つ教えを変えると、今まで子供たちが疑わなかったことまで問われるようになった。
教師は書き終えて、しばらく文を見つめた。
竜の民に会いたいかと問われれば、まだためらう。それでも、教科書にあるからとだけ答えることには迷いが生まれていた。
*
学校には、教えを元に戻してほしいという抗議も寄せられた。
教師だけで答えられないものは、学校を受け持つ担当者が対応した。竜の民の扱いについての質問は、ほかの学校からも届いた。
*
その後、教育を担当する家臣が各地の報告をまとめ、レオノーラへ届けた。
「子供の安全を案じる親には、村へ行くよう勧める授業ではないと説明しています。ただ、身分の違いを疑わせるなという抗議も出ています」
「教師たちはどうしているの」
「子供から、同じ人間ならなぜ扱いが違うのかと尋ねられ、答えに困っています。決まりだからとだけ説明すればよいのか、という問い合わせもあります」
レオノーラは報告を読んだ。
子供が疑問を持っただけで叱ってほしいという親がいる。その一方で、教科書だけを根拠にしてよいのか迷い始めた教師もいた。
「疑問を口にした子を叱らないで。そのことを教師と親に伝えて」
「身分の違いについては、どう説明しましょう」
「今は竜の民を低い身分に置く決まりがある。けれど、竜の民が劣っているからではないわ。私たちは同じ人間として扱うよう、王に求めている。そう伝えて」
家臣は顔を上げた。
「それを親たちにも伝えるのですね」
「ええ。私が決めた方針として伝えて」
家臣はうなずいた。
教室で起きた小さな戸惑いは、町の家々へ広がっていた。反発だけでなく、今まで考えずにいたことを問う声も出始めている。
レオノーラは報告を置いた。
領民も、自分たちの暮らす国の決まりを考え始めていた。




