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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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115/231

第115話 教室から広がる声

領内の教育を担当する家臣から、学校を通じて新しい方針が伝えられていた。竜の民を同じ人間として扱うこと。親への説明や異議の対応は、学校を受け持つ担当者が担うことになっていた。


その方針を聞いた教師の一人が教室へ入ると、子供たちはいつものように席についた。

机には歴史の教科書が置かれている。

教師はその表紙を見てから口を開いた。

「今日は、竜の民について話す」

前の席の子が本を開こうとした。

「本は閉じたままでいい」


子供の手が止まった。


教師はゆっくり言った。

「これまで、竜の民は争いを好み平和に暮らせない野蛮なもの達だから、我々のように自由にはさせられないと教えてきた。しかし、竜の民にも家族がいて、子供を育て、村の中で協力しながら暮らしている。私たちと同じようにだ。だから相手の事を知りもせず、竜の民というだけで、蔑んだり傷つけたりするのはいけない」


教室は静かだった。


やがて一人が手を挙げた。

「でも先生は、危ないから近づいてはいけないって言ったよ」


「そう教えた」

教師は答えた。

「私も、そう教わってきた。だが何も知らないのに勝手に決めつけて、教えることは改めたい」


「村へ行ってきたの?」


「まだ行っていない」


「それなら、なぜ変わったの?」


教師は少しためらった。

「領主様の方針として、学校へ教え方を改めるよう通達があった。それから、自分が彼らの何を知って教えていたのか、考えるようになった」


子供は黙った。


教師は皆を見た。

「今すぐ誰か会ってみなさいと言っているのではない。ただ、何もされていないのに、竜の民というだけで嫌ったりしてはいけない」


別の子が尋ねた。

「竜の民の子も、私たちと同じ?」


「ああ。同じ人間だよ」


子供は隣の席を見た。隣の子も首をかしげていた。


教師は次の言葉を待った。

いつもなら、子どもたちから質問が出ることは少なかった。今日は、いつもより質問する子が多かった。


*


その日の帰り道、一人の子供が友達に言った。

「竜の民の子にも、お母さんがいるんだね」


「いるに決まってるだろ」


「でも、考えたことなかった」


友達も黙った。

二人は道端の店へ目を向けた。運び込まれた果物を、店の者が籠から移している。

「これも村から来るんだって」


「誰が作ったの?」


「知らない」


二人はしばらく果物を見たあと、それぞれの家へ帰った。


*


翌朝、子供を送りに来た母親が教師を呼び止めた。

「昨日、家で聞きました。教えることを変えたそうですね」


「はい」


「急に竜の民を同じ人間だと言われて、子供も戸惑っています。以前の話は信じなくてよいのですか?」


教師は戸口から離れた。

「以前は相手を知りもしないで、憶測だけで教えていました。その点を直しました」


「では、竜の民は危険じゃないんですね?」


「一人も危険な者はいないとは言えません。それは天馬の民も同じではありませんか?」


母親は少し考えた。

「子供が勝手に村へ行くようなことはさせないでください」


「そのようには教えていません」


母親はうなずいた。納得し切れない顔だったが、子供を教室へ送り出した。


そのあとに来た父親は、初めから声が硬かった。

「本では竜の民は悪いことをしたから、その罰として人として扱わないと教えてるのに、今になって同じ人間だと言い出すのか!」


「今の子供たちに、知りもしない相手を蔑んでよいとは教えられません」


「領主様は身分まで変えるつもりなのか!?」


「私がお話しできるのは授業のことです。方針へのご意見は、学校を受け持つ担当者へお伝えします」


父親は教室の中を見た。

「子供が家で、なぜ竜の民だけ町へ入れないんだと聞いてきた。余計なことを教えられては困る」


教師は返事をしなかった。

自分も、その問いに答えられなかった。決まりだからと言うことはできる。だが、なぜその決まりでよいのかと聞かれたら、何と説明するのだろう。


*


昼の休みに教師は学校を受け持つ担当者へ報告を書いた。

授業で伝えたことと、子供や親から出た問いを記した。身分を変えるつもりかと尋ねられたとき、どう答えればよいのかも書いた。

領主に言われたとおり話せば済むと思っていた。だが一つ教えを変えると、今まで子供たちが疑わなかったことまで問われるようになった。

教師は書き終えて、しばらく文を見つめた。

竜の民に会いたいかと問われれば、まだためらう。それでも、教科書にあるからとだけ答えることには迷いが生まれていた。


*


学校には、教えを元に戻してほしいという抗議も寄せられた。

教師だけで答えられないものは、学校を受け持つ担当者が対応した。竜の民の扱いについての質問は、ほかの学校からも届いた。


*


その後、教育を担当する家臣が各地の報告をまとめ、レオノーラへ届けた。


「子供の安全を案じる親には、村へ行くよう勧める授業ではないと説明しています。ただ、身分の違いを疑わせるなという抗議も出ています」


「教師たちはどうしているの」


「子供から、同じ人間ならなぜ扱いが違うのかと尋ねられ、答えに困っています。決まりだからとだけ説明すればよいのか、という問い合わせもあります」


レオノーラは報告を読んだ。

子供が疑問を持っただけで叱ってほしいという親がいる。その一方で、教科書だけを根拠にしてよいのか迷い始めた教師もいた。

「疑問を口にした子を叱らないで。そのことを教師と親に伝えて」


「身分の違いについては、どう説明しましょう」


「今は竜の民を低い身分に置く決まりがある。けれど、竜の民が劣っているからではないわ。私たちは同じ人間として扱うよう、王に求めている。そう伝えて」


家臣は顔を上げた。

「それを親たちにも伝えるのですね」


「ええ。私が決めた方針として伝えて」


家臣はうなずいた。


教室で起きた小さな戸惑いは、町の家々へ広がっていた。反発だけでなく、今まで考えずにいたことを問う声も出始めている。

レオノーラは報告を置いた。

領民も、自分たちの暮らす国の決まりを考え始めていた。

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