第112話 村で交わす言葉
家臣たちが村へ来た朝、ポルフィラは鍛冶場で道具を片づけていた。
管理者に案内されて来たのは二人だった。若い家臣は周囲の家を見回し、年配の役人は鍛冶場の入口で足を止めた。
ドランが火のそばから顔を上げた。
「俺がドランです。仕事をしながらで構いませんか」
若い家臣がうなずく前に役人が答えた。
「そのために来たのだからな」
ポルフィラは父の脇へ寄った。仕事を続けてよいと言われても、客を前に黙っていてよいのか迷った。
若い家臣も何を言えばよいか分からなかった。
村人にも節度を持って話せと、クラウスに命じられていた。普段は城で使う丁寧な言葉を、ここでも選ばなければならない。
金槌の音がしばらく続いた。
*
父が打ち終えた金具を置くと、家臣が尋ねた。
「並んでいる道具も、ここで直すのですか」
「ええ。畑で使うものも家で使うものもあります」
家臣は自分が身につけている短剣の欠けた刃を見た。
「これは、いつ直せますか?」
「今の仕事が終わってからです」
「なら明日までに直してください」
家臣が言いかけると、ドランの手が止まった。
「先に頼まれたものがあります。それに、これは柄も替えなければ使えません」
年配の役人が口を開いた。
「城から来た方に、できないと言うのか」
ポルフィラは父を見た。
話をしに来たはずなのに、いつもの命令になっている。
若い家臣は役人を制した。
「私が勝手に日を決めてしまった。優先しろと命じているわけではない」
それからドランへ向き直った。
「先に頼んだ方も待っているのですね」
「ええ。ほかで借りて仕事をしている者もいます」
家臣は並んだ道具を見直した。
城で見ていた報告には、修理した数が書かれていた。その一本ずつを待っている家のことは考えたことがなかった。
*
鍛冶場の外からガルの声がした。
「そこへ置くな。通れなくなるだろう」
弟と一緒に運んできた荷が、入口の前にあった。弟が言い返し、ガルも声を強める。
年配の役人は顔をしかめた。
「客が来ているのに騒がしい」
二人の声が止まった。
ガルが弟を自分の後ろへ下がらせた。ポルフィラにも見覚えのある仕草だった。
ドランが言った。
「ガル。荷は横へ寄せておいてくれ」
「はい」
ガルは弟と荷を動かした。二人とも役人の方を見なかった。
若い家臣は、その様子を黙って見ていた。
村人が大声を出したとき、自分も身構えた。だが兄弟が荷の置き場で言い合っただけだ。
自分の家でも似たような言い合いはある。そのときは、恐ろしいとは思わない。
二人が離れてから家臣は尋ねた。
「先ほどの二人は兄弟ですか」
「ええ。よく一緒に仕事をしています」
ドランが答えた。
家臣は外へ目を向けた。少し離れたところで弟がガルに何か言い、ガルが首を振っていた。こちらから離れて、ようやく話せるようになったらしい。
*
昼前になるとミレアがドランを呼びに来た。
「食事の支度ができたわ」
ドランは客へ顔を向けた。
「少し仕事を離れます」
「まだ話は終わっていない」
役人が言うと若い家臣が首を振った。
「仕事を止めさせないようにと命じられています。待ちましょう」
ポルフィラは母のそばへ行った。ミレアは客を一度見たが、家へ招かなかった。
食事を終えて戻ると、若い家臣は外にいた。
「次に道具を直すところも見せてもらえますか」
ドランはうなずいた。
「熱いものを動かすので、そこから離れていてください」
家臣は言われた場所から下がった。
ポルフィラは片づけを再開した。
皆が客を嫌っているわけではない。けれど一言間違えれば叱られると思っている。それは若い家臣にも伝わったのだろうか。
*
帰り際、若い家臣はドランに礼を言った。
「仕事中にありがとうございました」
ドランも短く頭を下げた。
二人が見えなくなると、ポルフィラは父へ尋ねた。
「疲れた?」
「少しな。仕事より、何を言っていいか考える方が疲れた」
ガルが鍛冶場の外から言った。
「弟まで叱られるかと思った」
「ごめんね」
ポルフィラが言うとガルは首を振った。
「おまえが怒鳴ったわけじゃないだろ」
ポルフィラはうなずいた。
来てもらってよかったのか、まだ分からなかった。父やガルが緊張したことも、クラウスには伝えなければならない。
*
城へ戻ると、二人はクラウスに呼ばれた。
「村ではどうだった」
若い家臣が答えた。
「兄弟が言い合っただけで、身構えてしまいました。あとから、自分の家でも同じことがあったと思い出しました」
「村人はおまえたちに何か話したか」
「ドランとは仕事の話をしました。ですが、皆が気を張っていたと思います。私も修理を頼んだわけではないのに、勝手に期日を決めかけました」
クラウスは年配の役人へ顔を向けた。
「おまえは何を話した」
「客の前で騒いでいた兄弟を注意しました」
「怒鳴られたのか」
「いいえ。二人で言い合っていただけです」
「それなら、客が来たからと黙らせる必要はない。暮らしを知るために行ったのだろう」
役人は目を伏せた。
「ドランは話の通じる男でした。ですが、ほかの者まで同じとは限りません」
「ほかの者は、話してみてどうだった」
役人は答えなかった。
クラウスは言った。
「話さずに決めつけるな。私たちにもいろいろな者がいる。村人も同じだ」
若い家臣はうなずいた。役人は黙って頭を下げた。
節度ある言葉を使えという命令は、二人とも聞いていた。それでも村人をどう見るかまでは、変わっていなかった。




