第11話 写しの違い
翌朝、ポルフィラは鍛冶場の前で、納める鍬を数えていた。ガルとトーマも、父親の手伝いに来ている。目が合うと、トーマが小さく手を上げた。一緒に本を読めなくても、こうして会えるのはうれしかった。
道の向こうから荷車の音がすると、ドランは子供たちを壁際へ寄せた。荷を取りに来た天馬の民が、並んだ道具を見た。
「これで全部か」
ドランは一歩前へ出た。
「はい。納める分はそろっております」
天馬の民が鍬を見せるよう命じた。ドランが差し出すと、天馬の民はその手を避けるように身を引いた。
「近寄るな。そこへ置け」
ドランは黙って鍬を置いた。相手は柄と刃を確かめ、荷車を指した。
「全部、積め」
村人たちが道具を運ぶ間、ポルフィラは父の手を見ていた。柄を削り、刃を直し、使えるか何度も確かめていた手だ。父の作った道具は使うのに、父が近づくのは嫌なのか。何か言いかけたとき、隣のトーマが小さく首を振った。ポルフィラは言葉をのみ込んだ。積み込みが終わると、天馬の民は次も遅れるなと言い残した。ドランたちが頭を下げ、荷車は畑の向こうへ去っていった。
ガルとトーマが父親たちと帰ったあと、ポルフィラはドランに尋ねた。
「本をくれた人は、村の人たちが助け合ってるのを見て、考えが変わったんだよね?」
ドランは鍛冶場へ戻りかけた足を止めた。
「ああ。だが、あの人が考えを変えたからといって、ほかの者まで変わるわけじゃない」
娘の顔を見て、父は声を落とした。
「腹が立っても、あの人たちに言い返すんじゃないぞ。何をされるか分からん。困ったら、すぐ俺を呼ぶんだ」
ポルフィラはうなずいた。父も、あの言い方に黙って従っていた。自分が言い返せば、父にまで何かされるかもしれない。それでも、さっきのことを思い出すと、胸の中が熱くなった。
*
昼の片づけが終わるころ、シオンが母親と来た。母親はミレアに迎えられると、息子の持つ包みへ目を向けた。
「夫とも話したんだけど、何をそんなに調べたいのか、今日はこの子と一緒に見せてもらおうと思って」
シオンが包みを食卓へ置いた。
「僕の写しとポルフィラの写しを、もう一度比べたいんです。写し間違えた字があるかもしれないから」
ミレアが母親に尋ねた。
「本も出していいの?」
シオンの母親は戸口を振り返ってから答えた。
「ええ。私がいる間だけね」
それから息子へ向き直った。
「今日は一緒に見てみよう。でも、これからも読ませていいかは、父さんともう一度話すからね」
シオンが「はい」と答えたところへ、セラも母親に連れられて来た。セラの母親も事情を聞き、娘と一緒に食卓のそばへ座った。セラがポルフィラにほほえんだ。
「少しでも、一緒に読めるね」
ポルフィラも笑顔になった。ガルの家では、まだ読ませるか決めていないと、朝、父が聞いていた。トーマも休んだままで、リナは今日は家の仕事がある。六人はそろわなくても、二人が来てくれた。
ポルフィラたちは本と写しを取り出した。セラが古い教科書を見た。
「本をくれた人に、聞けた?」
ポルフィラは、父から聞いたことを話した。シオンは本を見つめた。
「読める人でも、どうして違うかは分からなかったんだね」
ポルフィラが答えた。
「自分も、本で教わった話しか知らないって」
セラは木片へ目を移した。
「この人が誰かも、本だけでは分からないね。まず、写した字を読んでみよう」
エルディオという名前のあとには、まだ読めない字があり、その先に「生まれ」と読めそうなところがある。
セラがポルフィラの写しを見た。
「『生まれ』の続きは、『た』かもしれないって言ってたよね」
ポルフィラが答えた。
「でも、石が欠けてたから、はっきりとは分からなかった」
シオンは自分の写しを寄せた。
「僕のと比べてみて。ここ、形が違う」
ポルフィラは顔を寄せた。
「私、石の傷まで字として写したのかもしれない」
「僕が写し損ねたのかもしれないよ」
セラが二人へ言った。
「じゃあ、『た』と読めるかは、まだ分からないね」
三人は、どちらの写しも消さずに残すことにした。
セラは、名前と「生まれ」の間にある別の字を指した。
「こっちは、『子』に似てない?」
セラは教科書を開き、「子」が使われている文を見せた。ポルフィラが石板の写しと見比べる。
「『子』かもしれない。今まで気づかなかった」
「はっきり写せなかったところもあるから、まだ決めないでおこう」
シオンの母親が木片をのぞき込んだ。
「その字が『子』だったら、何が分かるの?」
ポルフィラは少し考えて答えた。
「『子』と『生まれ』なら、子供が生まれた話かもしれません。でも、まだ読めない字があるので、誰の子かは分かりません」
ポルフィラは名前と「子」の間へ指を置いた。ここが読めれば、エルディオとその子供に、どんな関係があるのか分かるかもしれない。
シオンが母親を見た。
「この字の前と後も読んでみたい。教科書に似た文がないか、探してもいい?」
母親は窓へ目をやった。
「続きはまた今度にしよう。今日はもう帰る時間だよ」
ポルフィラは続きを始めたくなったが、木片を布へ戻した。次に会える日はまだ決まっていない。それでも、今度何を調べたいかは三人で決められた。セラの母親が娘へ声をかけた。
「家で、父さんにも今日のことを話そうね」
本はポルフィラの家へ残し、二人は母親たちと帰っていった。
*
夕方、ドランが戻ると、ポルフィラは自分の写しを見せて今日のことを話した。父は娘の説明を聞きながら、木片へ目を落とした。
「石板をもう一度見たいだろうな」
「見たい。でも、下には行かないよ。まずは、この写しで調べる。名前と『子』の間に、まだ読めない字があるから」
ドランは娘の指したところを見た。
「子供が生まれたことを、地下の石に残したのかもしれんのだな」
ポルフィラはうなずきかけて、言い直した。
「うん。まだ確かじゃないよ」
父の口元が少し緩んだ。
「そうだったな。まだ読めない字もあるのに、決めつけちゃいかんな」
ミレアが灯りを持って来た。ポルフィラは夕食のために食卓を空けた。子供の誕生について記した石板かもしれない。けれど、それだけでは、なぜ記録を地下へ隠したのかは分からない。まだ読めない字には、ほかにどんなことが書かれているのだろう。




